こんぶの力で横浜から海を救う。里海イニシアティブが目指す、育てる漁業とは
- On 2021年11月1日
東京湾に面し、海洋資源も豊富な横浜の臨海部。しかし、140キロにも及ぶ海岸線のうち、人が立ち入ることができるのはそのうちのわずか1キロ程度。その貴重な1キロは、市内で唯一海水浴を楽しむことができる金沢区に存在します。金沢区では、そんな貴重な海の環境と資源を守るべく、自治体と民間が協力しあい、さまざまな環境活動が展開されています。
今回Circular Yokohamaでは、その活動を牽引する団体の一つ、一般社団法人里海イニシアティブ(以下、里海イニシアティブ)を取材。金沢区でのこんぶの養殖について、同団体にて理事を務める富本龍徳(とみもと・たつのり)さんにお話を伺いました。
里海イニシアティブの、「こんぶ」を通してあらゆる生き物を救う取り組みとは。そして、その活動から垣間見える横浜の地域性を探ります。
環境を守るだけではなく、再生する。リジェネラティブな循環の仕組み
富本さんが活動する里海イニシアティブが活動を開始したのは、2015年。こんぶの養殖による海の環境再生の取り組みは、もともと三重県の英虞湾で実験的に行われていたものだそう。金沢区での活動は、英虞湾での実験の成功例を参考にするところから始まったといいます。
現在海が直面している喫緊の課題と、こんぶの養殖による作用は次の通りです。
富本さん「海中では、温暖化によって海水の温度が上昇し海流に変化が起こっているため、ウニやアワビなどの藻食動物が海藻を食べ尽くしてしまいました。それによって海が砂漠化してしまい、最近では藻食動物たちさえもエサ不足になってしまうという悪循環が続いています。これを『磯焼け』といい、全国各地の海で、深刻な課題となっています。」
つまり、磯焼けによって、海が海自身の力で自然な環境を保つことができなくなっているのだといいます。
富本さん「そこで、海にこんぶを養殖することで、砂漠化してしまった海に生き物たちのエサとなるプランクトンを増やすことができます。すると、生態系が循環を取り戻し、海の環境が豊かになっていくのです。」
こんぶの二酸化炭素吸収量は、1ヘクタールあたり年間およそ16トン。これは、杉の木の約5倍の吸収量です。さらに、こんぶは海中のみならず陸上で養殖できるという特徴もあるため、二酸化炭素の吸収にはもってこいの植物なのです。
また、金沢区の海でこんぶの養殖が行われるのは、主に11月から3月だそう。冬場は海の魚たちが動かなくなるため、漁師さんにとっては閑散期。その時期を海の環境再生や温暖化対策に活用することができる点は、環境をより良くするだけではなく、地域の雇用をも生み出す一石二鳥の仕組みです。
富本さん「金沢漁港の漁師さんたちとは、温暖化対策の一環としてこんぶの養殖をやってみよう、というところから協働が始まりました。初めは、果たしてきちんとした事業になるのか、といった懐疑的な反応もありましたが、横浜市が自治体としてブルーカーボンの事業を推進し始めたこともあり、前向きな想いを持って、みんなで一丸となって養殖に取り組む体制ができています。」
海の環境を保全するだけではなく、再生する。まさに「リジェネラティブ」な循環を生み出しているのが、金沢区でのこんぶ養殖です。
ヒトにも海にも畑にも恩恵をもたらす英雄「こんぶ」
金沢区産のこんぶは「ぶんこのこんぶ」と呼ばれ、その特徴は生のままでも美味しく食べることができるところです。
富本さん「例えば、こんぶの産地として有名な北海道のこんぶの多くは乾燥状態で市場に出回っています。一方、我々のこんぶは生の状態で販売しています。主に出汁を取るために使用するこんぶよりも柔らかくまろやかな味わいを持っているため、生のまま食べることもできるところがぶんこのこんぶの個性です。」
「横浜×こんぶ」という意外な組み合わせは、多方面から注目を集めているのだそう。最近では、関内・馬車道のレストランにて期間限定で提供されている、横浜産の食材を用いて作る地産地消の「横浜ヴィーガンラーメン」で、ぶんこのこんぶが出汁として使用されました。
また、その用途は食品だけに止まりません。
富本さん「こんぶを畑に撒くことで肥料として活用するプロジェクトや、こんぶに含まれる多様なミネラルを活用する『こんぶ湯』の活動にも取り組んでいます。こんぶは私たちヒトにとっての栄養であり、海の生き物にとっても栄養であり、さらに畑の農作物にとっての栄養にもなる。あらゆる生物にとっての、英雄的存在です。」
特に、東京や神奈川の銭湯組合の協力を得て実現した「こんぶ湯」の活動は、富本さん自身の発案によるユニークな活動です。
さらに、銭湯で使い終わった昆布を和紙の原料としてアップサイクルできないかと試行錯誤しているといいます。食用以外の使い道も確保することで、育てたこんぶを一切無駄にしない。廃棄物削減にも貢献する素敵な工夫です。
横浜活性化のカギは、地域の自発性と主体性
金沢区周辺では「こんぶ王子」の異名を持つほど、こんぶを通じた環境保全に力を入れて活動している富本さん。横浜出身ではないからこそ見える横浜の地域性について、次のように話します。
富本さん「私は横浜で活動を始める前から、横浜には環境系の活動をしている団体が多く、エコ意識の高い方が多くいるというイメージを持っていました。これまで横浜内外のさまざまな地域でイベントを開催してみて、同じイベントでも開催する地域が異なれば、そこに集まる人々の価値観や考え方が異なるということを知りました。横浜は、やはりイメージ通り環境活動やエコ意識の高い人が多く参加してくださることを感じています。」
そして富本さんは、これまで各個人・団体が独立して取り組んできた活動を結びつけていくことが、今後の横浜の活性化における有効な手段ではないかと話します。
富本さん「親和性の高い活動同士であれば、つながり合うことで一つの大きなムーブメントを起こすことができるかもしれません。各個人や団体が独立して取り組んでいる活動を結びつけることで全体の注目度をあげながら、横浜が先陣を切って新しい流れを作ろう、風穴を開けよう、といった勇気があれば、横浜は一層活気づくのではないかと考えています。」
獲る漁業から、育てる産業へ
横浜から社会を変える取り組みを発信し続ける里海イニシアティブは、その活動が認められ、2020年に第27回横浜環境活動賞を受賞しました。他にも、ぶんこのこんぶを使用した産品が金沢ブランドやヨコハマ・グッズ横濱001に認定されるなど、その活動の幅を着々と広げています。
今後は、食へのアプローチだけではなく環境や社会へのアプローチに一層力を入れていきたいと話す富本さん。
富本さん「漁業はこれまで『獲る産業』として栄えてきましたが、これからは『育てる産業』としての役割を強めていくと考えています。最近では実際に、こんぶの養殖を通じた海を育てる活動はもちろんのこと、学校への出張授業を通して人を育てる活動にも参画し始めています。」
こんぶの養殖や利活用は、古く江戸時代の文献が残っているほど歴史の厚い分野です。ブルーカーボンのような現代型の課題解決法と掛け合わせることで、こんぶの秘めた可能性を引き出すことができるかもしれません。
富本さん「一見我々の活動とは関係のないような課題でも、もしかしたらこんぶを使って解決できることがあるかもしれません。一度立ち止まって考えてみたり、みんなで話し合ってみたりすることで、これまで誰も気がつくことのなかった斬新なアイデアを発見できる見込みは大いにあります。今後もこんぶの持つ多様な可能性を信じて、地球を救うための取り組みを進めていきます。」
日本人の食卓に欠かすことのできないこんぶ。そんな身近なこんぶを育て、消費することで地球環境を救うことができるかもしれない、という気づきは、社会に大きな希望を与えます。
里海イニシアティブの多様な分野に活躍の可能性を見出す活動から、今後も目が離せません。
編集後記
富本さんは取材のなかで自身の経験を振り返り、「ふとしたきっかけで人は変われる、誰でもヒーローになれるんです」と語ってくださいました。
環境の危機的な状況を目の当たりにして、これ以上環境を破壊したいと思う人はいないはずです。しかし、何か行動を起こそうにも何ができるかわからない、という人が多くいるのではないでしょうか。
これに対し富本さんは、「行動につながるトピックは、本当はとても身近なところに眠っているはずです。それを可視化することで、自分にしかできない方法で環境を救うことができる。そしてヒーローになれるのです」と話します。
筆者が富本さんへの取材を通して学んだことは、環境や社会を救うための行動は何も大それたことではなくても良いということです。例えば、清掃ボランティアに人よりも1回多く参加してみるとか、ほつれた服でも修繕して人よりも1シーズン長く着てみるとか、そういった些細な行動で周りをリードすることができれば、誰しもその分野でヒーローになれるのではないでしょうか。また、「それは個人でも大企業でも同じではないか」と富本さんは言います。
自分が、自社がヒーローになれる取り組みは何なのか。それがどんなに小さなことでも、突き詰めることでオンリーワン、そしてナンバーワンになれる。行動を起こす上で欠かせない動機付けのコツを富本さんから学ぶ時間となりました。
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【参照サイト】一般社団法人 里海イニシアティブ