環境貢献と難民支援を両立する、支え合いの「ZERO PC」
- On 2020年9月14日
世界の全人類の1%は難民である。
みなさんは、この事実をどう受け止めますか。国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR:United Nations High Commissioner for Refugees)によれば、2019年末には紛争や迫害により故郷を追われた人の数が全世界で7,950万人にのぼっています。この数は、全人類の1パーセント、世界の人口の97人に1人が難民であることを表しています。
さらに法務省の報告によると、2019年に日本が難民と認定した外国人は、認定申請者数10,375人に対し、たったの44人。多くの難民が日本に助けを求めてやってくるにも関わらず、法的に受け入れられたのはわずか0.42%なのです。
「この平和な国日本にも、助けを求めている人がいます。」
そう話すのは、横浜市港北区で難民支援に力を注ぐピープルポート株式会社の創業者、青山明弘(あおやま・あきひろ)さんです。青山さんは、日本国内で難民雇用を生み出しながら、これまで廃棄され続けてきた使用済みパソコンのアップサイクルと販売を行っています。
Circular Yokohamaでは、学生時代から世界平和を目指して社会活動を行ってきた青山さんの、人と地球を救う取り組みを取材しました。
日本は平和な国なのか
──ピープルポートの活動について教えてください。
ピープルポートは、横浜市港北区に拠点をおく企業です。破棄されてしまうパソコンを企業や法人から引き取り、それを「ZEROパソコン」として環境負荷のない形でアップサイクルし、販売しています。アップサイクルの過程では日本にいる難民の方々の雇用や、収益の一部を子どもの教育支援の資金として寄付しています。
──そのような社会活動はどのようなきっかけで始めたのですか。
幼い頃に自分の祖父母から戦争体験について話を聞いて、ぼんやりと戦争の歴史や世界平和に対して関心を抱いていました。それから学校での平和学習に真剣に取り組んだり、終戦記念の行事に参加したりする中で、関心や想いが自然と行動につながるようにして育ってきたと思います。大学生になってからは、カンボジアの紛争地域に映画を撮影しに行くなど、平和に関する実際の活動にも力を注いでいました。
そしてそれらの子供時代の経験を経て、社会に出てからも、片手間ではなく人生の主軸として世界平和に貢献する活動に取り組んでいこうと決めました。新卒で入社したボーダレスジャパンでは国際交流シェアハウスの運営に5年間携わり、その後2017年にボーダレスグループの中で企業して、現在のピープルポートを立ち上げました。
──なかでも難民支援に挑戦しようと決断したのは何故ですか。
私は幼い頃から、自分が暮らしているこの国、日本は平和で安全な国だと思っていました。しかし、世界にはいまだ争いが起きている地域があって、その被害者である難民の方々のなかには、命からがら日本へ逃げてきた方もいます。そして、地域紛争といったよんどころない事情で日本へやってきた人々は、一見平和に見える日本で社会的弱者としての生活を余儀なくされています。その現実を垣間見て、日本で暮らす難民の方々を支援したいと強く感じたのです。
──その後、どのようにしてパソコンのアップサイクル事業を展開する運びになったのですか。
私は、難民問題の解決とビジネスを両立させる上で、難民が安心して働ける場所づくりを第一に取り組んできました。その上で、私がパソコンのアップサイクル事業に目をつけた理由は大きく3つです。
ひとつめは、パソコンのアップサイクルのような技術職であれば、日本語での意思疎通が難しい難民の人たちでも目で見て作業を覚えることができるからです。さらに、パソコンのアップサイクルに関する情報はネットから様々な言語で手に入れることができるため、困ったことがある時には日本語に頼らなくても学習することができます。
ふたつめは、リユースパソコンマーケットは今後も拡大していくことが予想されるからです。今は母国が安全でないため帰国できない、という難民の方たちが将来母国に帰った時、ぜひ日本で身につけたパソコンのアップサイクル技術を母国でも生かして欲しいと願っています。
最後に、パソコンのアップサイクル事業は日本のみなさんにも還元できることが多いと考えたからです。難民支援には日本の税金が使われることもしばしばあり、難民支援に対して負の感情を抱いている人もいます。しかし世界平和を実現するためには、支援に後ろ向きな方々も巻き込み、日本社会としてみんなで支え合っていく必要があります。そこで、パソコンアップサイクルにおいて高い技術を提供できるようになれば、我々も日本社会への貢献が可能で、まさに「支え合い」のモデルになると考えたのです。
志すのは、エコの先にあるゼロ
──パソコンアップサイクルの事業者として、これまでの3年間で達成できたことはありますか。
事業を立ち上げた当初は、「ecoパソコン事業」としてパソコンのアップサイクル・中古販売と難民支援の二つを軸に取り組み、事業を開始した2017年から現在までに、1200台以上のパソコンをアップサイクル、販売してきました。始めは地域の商店街、そして現在は関東圏の大手ショッピングセンターでのポップアップストア設置を中心に販売数を伸ばしています。これまでのパソコン購入者の7割は個人の購入です。パソコンは、深い知識を持っていなければ自分で選ぶことも難しいため、対面でやりとりをしながらの販売が好評です。
そしてその実績を元に、2020年7月には環境負荷ゼロを目指す「ZEROパソコン事業」に移行することができました。
──環境問題にもアプローチを始めたのですね。その背景を教えてください。
難民支援に携わる中で、戦争や紛争だけではなく気候変動が原因で国を追われる人がいるということを知りました。例えば地球温暖化による海面上昇や干ばつの影響で、人が住むことができないくらい深刻な被害を受けている地域があります。私は、紛争地域から逃れてきた難民支援にあたる身として、気候変動で故郷を追われる人々の存在も無視することはできませんでした。
そこで、パソコンをアップサイクルする過程で使用する電力を100%自然エネルギーにしたり、交換した中古部品もリサイクルすることで廃棄をなくしたり、エコなだけではなく環境負荷をゼロにするための取り組みを始めました。他にも、パソコンを発送する際の梱包材もプラスチックゼロの段ボール素材を採用しています。
──さらに、ピープルポートでは収益の一部を子ども支援を行うNPO団体に寄付する活動も行っているそうですね。
日本には、教育を受けたくても受けられない子どもが約10万人いると言われています。私はその事実に対し、大人として、そして一児の父として、地球の未来を担う子どもたちに明るい将来を託す責任を感じています。
そこで、ピープルポートでは最終的に1億円を寄付することを目標に、2017年から収益の一部を募金する取り組みを始めました。いま必要とされている助けを具体的かつ直接的に提供している団体を通して子どもを支援したいという想いに加え、ファンドレイジングの面から団体自体もサポートしたいと考え、それらの理念にあう3つの団体に寄付を行っています。
ピープルポートからの寄付金額は、パソコンのアップサイクル事業で回収する電子機器の種類や回収台数に応じた一定額としているため、1億円の寄付を達成するために、まずは1万団体以上からの電子機器提供の協力が必要です。これまでにご協力いただいた企業団体は300に達し、今は500を目指しているところです。
難民にも、日本の「当たり前」の生活を
──なぜ横浜に拠点を置いて活動をしているのでしょうか。
私自身が横浜市金沢区出身であるという点は大きな理由の一つですが、決め手となったのは横浜の菊名駅周辺が関東の中でも難民にとって暮らしやすい土地だと感じたことです。
例えば、現在東京で仕事についている難民の方々は、物価や家賃の高さから苦しい生活を強いられている場合があります。また東京の土地柄、狭いビルがひしめき合っているエリアの奥まった部屋や、外の空気や光が入りづらい環境で働かざるを得ない状況もあります。そこで、私は難民が気持ちよく働ける職場づくりをしたいと考え、横浜市港北区の1階建ての大きな窓があるオフィスを選びました。都心と比べて家賃や物価も安い上交通の便も良いため、ピープルポートでの就労のために引っ越さなくても、東京や千葉など県外からの通勤も可能です。
──実際にピープルポートでお仕事をしている難民の方々にもお話を伺ってみます。
Aさん「ピープルポートの人々は、とても暖かく第二の家族のような存在です。仕事は毎日忙しいですが、休日にはテレビでスポーツ観戦を満喫したり、充実した日々を過ごしています。」
Bさん「日本で暮らす中で、言語の壁を感じることが多いです。しかしピープルポートでは日本語学習のサポートもしてくださるので、そのおかげで日常会話が理解できるようになってきました。」
──新しい取り組みの中で、難しさを感じることもあるかもしれません。それでも、こうして取り組みを継続できる秘訣とは何でしょうか。
パソコンのアップサイクル事業を始めた当初はそれに関する知識は全くなく、まさに新しい挑戦でした。また、使われていないパソコンの回収先やアップサイクルしたパソコンの買い手もゼロから地道に探してきました。難民雇用の面ではやはり言語の壁が厚く、日々工夫をしながら取り組んでいます。
それでも、難民の方々の「ピープルポートのおかげで当たり前の生活ができるようになった。」という言葉は忘れ難く、それが原動力となって努力を続けることができています。
より安心安全なZEROパソコンで海外進出を目指す
──昨今のコロナ禍で、ピープルポートの事業にも何か変化はありましたか。
アップサイクル済みパソコンの需要に変化がありました。これまでは対面販売が中心だったこともあり、売上の7割は個人の購入によるものでした。しかし、新型コロナウイルスの影響から在宅勤務をする人が増えたことで、法人企業からのパソコン購入を希望する声が高まっています。また、自宅から授業を受ける子どもや学生も増えたため、学習用のパソコンが欲しいという需要も出ています。
──最後に、ピープルポートとしてこれからどんなことに挑戦したいですか。
まず、ZEROパソコンに使用する部品のサプライチェーンの透明性を高めることは、いま解決したいと考えている課題の一つです。パソコンをアップサイクルする過程で、いくつかの部品は新しいものに取り替える必要があります。しかし現状では、その部品が環境や人権に配慮された形で製造されているかを100%把握することができていません。だからこそ、今後はそれらの小さな部品までも自分たちで製造し、高い倫理性、環境負荷の低減を保証できるZEROパソコンの販売を目指したいです。そして、その課題解決に取り組みながら難民雇用を100名、ZEROパソコンの販売で、ある月2000台を達成したいと考えています。
さらにその先の大きな目標として掲げているのが、ピープルポートの海外進出です。難民の方々がピープルポートでの仕事を通して学ぶパソコンのアップサイクル技術は、世界中で通用するスキルだと考えています。海外拠点を行き来して仕事できるようになれば、立ちはだかるビザの問題も解決できるかもしれません。難民の方々が、難民としてではなく、1人のビジネスマンとして世界を飛び回ることができる日を目指して、これからも活動を続けていきます。
編集後記
1時間半にわたった今回の取材。青山さんは、笑顔を絶やすことなく終始穏やかな様子で我々のインタビューに答えて下さいました。その溢れ出る穏やかな表情こそが、様々な困難のなかで生きる難民の方々の心を解きほぐし、日々の小さな平和をもたらしているのだと感じました。
世界の全人類の1%は難民である──
この数字は、私たちの想いと行動によって変えていくことができるはずです。Circular Yokohamaでは、ZEROパソコンで横浜から世界を目指すピープルポートと青山さんの活動を、これからも応援していきます。
*この記事では、難民申請者を「難民」と表記しています。
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