花とハチミツで、地域の自然も経済も豊かに。横浜・瀬谷で養蜂に挑む「セヤミツラボ」
- On 2023年7月6日
神奈川県横浜市の最西部に位置する、瀬谷(せや)区。近代的なビルや商業施設が立ち並び、美しいウォーターフロントが広がる横浜市東部とは対照的に、豊かな自然と畑が一面に広がり、今ものどかな田園風景が残るエリアです。
高齢化率は25.5%と横浜市の中で最も高く5年連続で人口減少が進むなど、日本の地方部に共通する典型的な課題に直面している瀬谷区ですが、2027年に開催予定の国際園芸博覧会の会場地域でもあり、豊かな自然環境を活かした新たなまちづくりが始まっています。
そんな瀬谷区で、地元の若者たちが「養蜂」でまちを盛り上げようと2022年5月に立ち上げたのが、一般社団法人セヤミツラボ。
国際園芸博に向けて瀬谷を花が溢れるハチミツの産地にしたいという思いを胸に、2022年9月にクラウドファンディングで150万円以上の資金を獲得し、初年度は15kgのハチミツの収穫に成功したといいます。
セヤミツラボの活動は、地域の小学校や高校、商店街、福祉施設なども関わり、養蜂を通じて地域の自然を豊かにするだけではなく、新たな人のつながりも生み出しています。ハチミツを地域産品として売り出すことで地域経済への貢献も目指す、環境、社会、経済全てにプラスをもたらす循環型のまちづくりなのです。
今回、そんなセヤミツラボを立ち上げた代表の山口正斗さん、猪俣友悟さんのお二人に話を伺いました。
地元愛から始まった、ゼロからのハチミツづくり
セヤミツラボを立ち上げた山口さんと猪俣さんは、二人とも瀬谷生まれの瀬谷育ち。小さい頃からお祭りや行事など地域の大人に囲まれて育った山口さんは、大学生になってから地域に恩返しがしたいと思い、高齢者のデジタル活動を支援する団体を立ち上げ、大学卒業のタイミングでNPO法人化。猪俣さんとともに活動を続けています。
横浜市で最も高齢化が進み、友人らも就職とともに地元を離れていく中で、どうしたらみんな地域に残り続けたいと思うだろうか。そう考える中でたまたま二人が出会ったのが「養蜂」でした。まずは養蜂の現場を学ぼうと、2021年6月に農福連携に取り組む千葉の養蜂家を訪問するところから二人の挑戦は始まりました。
2021年8月には、ハチミツをたくさん取るために、瀬谷区にある二つ橋小学校とミツバチの「蜜源」となる花を植える活動を実施。そして2022年4月から本格的に養蜂を開始し、ビジョンに共感した地域の人々からの多くの支援に支えられ、初年度から無事にハチミツの収穫に成功しました。
また、ハチミツの瓶詰め作業には福祉作業所も関わるなど、千葉で学んだ農福連携のモデルも実現しています。見事に地域の自然から瀬谷産のハチミツを生み出すことに成功した二人ですが、もちろん初めから全てが順調だったわけではありません。
山口さん「最初はハチミツが本当に取れるのか、ミツバチが生きていけるのかが全く分からず、それが一番不安でした。二箱で始めたのですが、去年は一箱はダニにやられてハチが全滅してしまい、生き残ったもう一箱のハチだけが無事に冬を越えられました」
養蜂場の場所の周りには農家も多く、ミツバチに対する怖いイメージを払拭することも必要だったといいます。丁寧に話し合い、ミツバチは農作物にもよい影響を与えることを説明したり、実際にハチミツを食べてもらったりながら、活動に対する理解と協力を得ていったそう。初年度は養蜂箱の設置時期の関係で春の蜜を取り逃がしてしまい15kgの収穫でしたが、2年目となる今年は100kgを目指しています。
ハチミツは、地域の自然を可視化するメディアになる
猪俣さんは、実際に養蜂を始めてからその奥深さと面白さにのめり込んでいきました。
猪俣さん「(自然が豊かな)瀬谷だからといっていっぱい蜜が取れるわけでもありません。畑が多いので野菜はたくさん作られているのですが、ミツバチは農薬に弱いのであまり農薬に密接に関わると全滅してしまいます」
「ただし、取れる花の種類はとても豊富だし、街路樹もハチが好むものが多いので、そこはハチにとっても良い環境だと思います。今ではまちを歩いていると、ここが蜜源だなと分かるようになりました。」
山口さん「春と夏でも蜜の味は違うし、色も違います。春の蜜は割と薄めで黄色いのですが、秋になってくると、栗とかが入るので、黒めの色になったり。」
どんな色のどんな味のハチミツが取れるかは、季節や養蜂の場所によっても変わります。言い換えれば、収穫するハチミツの質や量は、地域の生態系を表すパロメーターであり、メディアとも言えるのです。
猪俣さん「ミツバチの性格も、養蜂家によって変わります。養蜂家の作業が荒いと、何十匹かハチを潰してしまうこともある。するとハチが攻撃的になってすぐ刺しに来るのですが、優しく作業をしていると、基本的にミツバチは穏やかなので刺しには来ません。養蜂家の性格がハチに反映されるのです。」
地域の自然だけではなく養蜂家の性格まで鏡のように映し出すミツバチが、猪俣さんにとってはとても可愛い存在なのだそう。ハチは怖いと思われがちだが、もしかすると私たち人間が自然やハチにかけているストレスがそうさせているだけなのかもしれません。
ミツバチは、花だけではなく地域の人々も結びつける
豊かな生態系の維持に欠かせないポリネーター(花粉媒介者)として知られるミツバチは、農業においても欠かせない役割を果たしています。ただ花の蜜を集めるだけではなく、野菜や果物などの農業の現場において果実を実らせるための受粉も行っているからです。
国連食糧機関によると、ミツバチや鳥、コウモリなどのポリネーターは世界の農作物生産の35%に影響を及ぼしており、私たちが食べる果実や種子として栽培される作物の75%はミツバチの恩恵を受けているといいます。地域の自然が豊かになってミツバチが増加すれば、農作物の受粉が完全に行われ、より価値の高い農作物が収穫できるようになるのです。
そんな自然にも農業にもプラスをもたらしてくれるミツバチには、花だけではなく人と人を結びつける力も。花にミツバチが集まるように、セヤミツラボの活動の輪は地域の中でどんどんと広がっています。
山口さん「(2022年10月に)瀬谷フェスというお祭りがあり、そこで初めてハチミツをドリンクとして販売したのですが、瀬谷でハチミツを作っていますというだけで地域のおじいちゃんやおばあちゃんもすごく興味を持ってくれました。養蜂がきっかけで、普通に過ごしていたら絶対に関われない人とつながれるのが面白いですね。」
猪俣さん「たまたまバーで知り合った方と『養蜂をやっています』と話しただけで仲良くなれたり、通りかかった養蜂家の方が連絡をくれたり、新聞で活動を見た方がハチミツを採る機械を貸してくれたり、いろんなつながりが生まれました。」
また、2022年5月には、地元・瀬谷西高校が瀬谷駅と花博開催予定地を結ぶ海軍道路の花壇に花を植える「フラワーロード」プロジェクトを展開。ミツバチの蜜源を増やしつつ、横浜市の協力も得ながら植栽ともに廃棄される花も堆肥としてリサイクルするなど、高校生が主体となり、「花」をテーマとする循環型プロジェクトも展開されました。
地元・瀬谷のまちを盛り上げたいという若者の挑戦を周りの大人たちが支え、多様な人々が関わりながらともに地域の魅力を生み出していく。ミツバチは、花だけではなく人と人の媒介者にもなっているのです。
花とミツバチを誇りに思えるまちに
まちに花を植えて蜜源を増やすことで、地域の自然環境をより豊かにしながら採れるハチミツの量を増やし、地域産品の開発を通じて地域経済も盛り上げる。また、そのプロセスで教育や福祉とも連携し、社会的なインパクトも生み出していく。
まさに環境、社会、経済の全てにプラスをもたらす理想的な地域循環経済モデルを実践していると言えるセヤミツラボですが、今後、2027年の花博に向けてどんなビジョンを描いているのでしょうか。最後に、セヤミツラボの未来について伺ってみました。
山口さん「花とミツバチを誇りに思えるまちにしたいですね。例えば、瀬谷の人が庭にお花を植えてくれたり、全ての世代の人を巻き込んで一緒に花を植えるハチミツフェスをやったり。ハチミツはお酒にもなりますし。瀬谷と言えばハチミツだよね、と言われるところまでいけたら嬉しいです。」
編集後記
のどかな畑の一角でミツバチの世話をしながら取材に付き合ってくれた二人から感じたのは、何よりも自分が生まれ育ったまちを大切にする想い。
瀬谷の魅力について、「都会って少し肩に力入るじゃないですか。瀬谷に戻ってくると、安心するんです。」と話す猪俣さん。山口さんは、「僕はたくさん瀬谷の写真を撮るのですが、瀬谷には川が3本走っていて、横浜の中心より3度ぐらい気温も低いから、朝には霧がかかるんですね。そのモヤがかかった朝日が本当に綺麗なんです。」と、瀬谷の自然の美しさを教えてくれました。
大好きな地元のために二人が始めた挑戦は、着実にまちに変化を生み出しています。花とミツバチがあふれるまちは、人の笑顔もあふれるまちに違いありません。2027年の国際園芸博までに、セヤミツラボがどのように瀬谷の景色を変えていくのか。これからの挑戦がとても楽しみです。
【参照サイト】セヤミツラボ
【参照サイト】Campfire「横浜市瀬谷区を花溢れるハチミツの産地にしたい!!」
※本記事は、IDEAS FOR GOODからの転載記事です。
Yu Kato
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