誰かがモノを大事にする光景が、街に溢れた2日間。横浜・大桟橋通りを巡る「Fix It Circuit」イベントレポート
- On 2025年12月26日
黄金色に染まった銀杏並木が陽射しを受けて輝く横浜・大桟橋通り。港へと続くこの道は、歴史ある建物が肩を寄せ合うように並び、レトロとモダンが混在する独特の空気感が漂っています。11月最後の週末の2日間は、この街にいつもとは少し違う風景が生まれていました。

ある店先では、店舗スタッフとお客さんが古いデニムジャケットの袖口を見つめながら修理の相談をしています。別の店では、職人の手が丁寧に革製品を磨き上げている。その隣の店舗の窓越しに見えるのは、リペアラーがミシンで衣服を繕う姿。店舗の修理窓口に持ち込まれたのは使い込まれたダウンジャケットや、色褪せた帽子。

この日のイベント「Fix It Circuit(フィックスイットサーキット)」を目指して訪れた参加者は、新しいものを買うためにこの街に来たわけではありません。彼らは愛着のある「モノ」をもう一度よみがえらせるために、この大桟橋通りの参加店舗を訪れていました。
「直すこと」を通して、街が循環する
「Fix It Circuit」──リペアをきっかけに街を巡る2日間。2025年11月29日から30日にかけて、横浜・大桟橋通り周辺の8つの店舗が、それぞれの専門性を活かしたリペアやメンテナンス、ケアのサービスを提供しました。FIX IT(リペア)しながら、お店をCIRCUIT(巡って)して、人・モノ・まちがCIRCULAR(循環)する。その名前に込められた想いが、この2日間、街に息づいていました。そんな様子をCircular Yokohamaがお伝えします。

このイベントが開催されたのは、世界中でブラックフライデーの熱狂が繰り広げられた直後の週末。大量生産、大量消費が加速するこの時期に、あえて「直して使う」ことを選ぶ。
それは、消費社会に対する「やさしい抵抗」でもあります。
街を巡る。それは、新しい豊かさとの出会い
関内駅から大桟橋通りへ。この日、筆者は銀杏並木が続く街を歩きながら、参加店舗を巡りました。最初に訪れたのは、Patagonia 横浜・関内。以前からアウトドアウェアの修理で知られるこの店舗では、この2日間に限りブランドを問わず衣類のリペアを受け付けていました。
「以前なら、うちでは対応できないとお断りしていたケースでも、今は他の店舗さんを紹介できるんです」
イベント参加店舗のあるスタッフは、そう嬉しそうに語りました。
例えば、リサイクルに出そうとしていた汚れたジャケットには、洗濯のプロフェッショナル「LIVRER」を紹介する。デニム服の修理が必要なら、デニムを中心に展開する衣料品の店舗「BLUE BLUE YOKOHAMA」へ。そんな連携によって、一つの店舗だけでは解決できなかった修理の課題が、街全体を「Circuit(サーキット)」しながら解決する仕組みに変わっていました。
「修理の手助けをしてくれる同志が、近所にたくさんいることを実感できた」──この日修理を担当したスタッフのそんな表現が、このイベントの本質を物語っています。
大桟橋通りをさらに進むと、「BLUE BLUE YOKOHAMA」の店先には、カスタムリペアを待つ衣類が並んでいました。驚いたのは、一人で5枚、9枚と複数の衣類を持参する人がいたこと。他ブランドの製品にロゴの下に刺繍を入れるなど、そこには修理を越えたリメイク・カスタマイズを楽しむ人々の姿がありました。

「うちは70年代中盤から続くブランドで、20〜30年前に買ってくださったお客様が、今も製品を持ってきてくれます。その愛用品が親から子へと受け継がれることもあるんです」
店長の秋元さんの言葉には、長く使い続けることへの誇りが滲んでいます。新品を売るだけではなく、修理やリメイクを通じて築かれる、店舗と利用者のつながり。それは、生産から消費へという一方通行ではない、モノと人が町の店舗を循環する、古くて新しい関係性でした。
職人の手が紡ぐ、時間の物語
日本大通り駅からすぐのコワーキングスペース「mass×mass 関内フューチャーセンター」では、「tete」によるアップサイクルワークショップが開かれていました。teteのデザイナーである古田さんは、レザー製の鞄や小物などの廃材を活用し、一点物のバッグを製作しています。「大量生産・大量消費のサイクルに疑問を持った」という彼女の言葉は、このイベント全体を貫くメッセージと重なります。
ワークショップでは、参加者が持ち込んだ古いバッグを解体し、端切れを使って新しい小物に作り変えていきます。素材の選択、色の組み合わせ──参加者のクリエイティビティを尊重しながら、まだ使える部分を活かして、ものに新しい命を吹き込む。そんな彼女の哲学が、ワークショップの空気を満たしていました。
同じ会場では、プロの技術と自社開発の洗剤を通じて、新しいランドリー体験を届けている「LIVRER (リブレ)」による洗濯ワークショップも。特殊な洗剤と熱処理を組み合わせた技術で、あらゆる洋服の頑固な汚れを落としていく実演は、多くの人を惹きつけていました。
「実は液体洗剤よりも固形石鹸の方が汚れ落ちが良い。そして強い漂白剤は生地を傷めるから、優しい洗剤で繰り返し洗うことが大切」
プロの技術と知識が、対面での実演により参加者に丁寧に共有されていきます。

印象的だったのは、40年前のマウンテンパーカーを持ってきたご夫婦の姿。長年愛用してきたジャケットが、洗濯のプロの手によって見違えるほど綺麗な色になり、お二人の表情までもが明るく輝いた瞬間は、この日の忘れられない光景の一つでした。
「直し方」をユーザーに伝えることの価値
中区のビンテージ眼鏡店「素敵眼鏡MICHIO」では、眼鏡のリペアや調整が行われていました。ここではふだんから基本的に無料で修理を提供しているとか。

「お客様は店舗を『購入する場所』とイメージされていて、修理サービスがあることを知らない方が多い。でも、無料で修理するととても喜ばれます」とオーナーの鵜飼三千男さんは語ってくれました。
さらに興味深かったのは、単に修理するだけではなく、修理のノウハウを教えているということ。正しい手順を教えることで、お客様自身が自分の眼鏡を調整できるようになる。これにより、店舗との関係がより深まるそうです。
オリジナルブランドの皮革製品を主に扱う「土屋鞄製造所 横浜店」でも、同様の光景がありました。この日のレザー製品のメンテナンスサービスでは、ブランドを問わずバッグを受け付け、お客様自身にメンテナンス体験をしてもらいます。
「メンテナンスって意外と簡単」と感じてもらうことで、日常的なケアへのハードルが下がる。職人の手仕事への敬意とともに、「自分でもできる」という発見が、この日の参加者に新しい視点を与えていました。

その他にも日本国産の帆布生地のオリジナル鞄を扱う「横濱帆布鞄」ではバッグ全般のリペアや相談を受け付け、先ほどの素敵眼鏡MICHIOの店内では、鎌倉隙間版業によるシルクスクリーンのワークショップも開催されました。それぞれの専門性が響き合い、この日の横浜・大桟橋通りはまるで分散型の「リペアステーション」のようにも感じられました。
修理という行為にある「豊かさ」
この2日間、街を歩きながらずっと感じていたのは、言葉にしにくい「豊かさ」でした。新品だけを扱っている店では、まず誰かが使い古した財布を磨いていたり、綻びた服を縫う光景を目にすることはありません。
一方、店頭で修理を扱う店舗では、誰かがモノを大事に持ち込み、そして店舗スタッフが修理する様子をたまたまそこを訪れた他の誰かも目の当たりにします。
針と糸で継ぎはぎされた衣服の表面は、誰かの手の跡、時間の跡を映すようにやさしく揺れている。革製品に刻まれた傷は、持ち主と過ごした日々の証。直すことは、好きであり続けること。そして、それが豊かに生きることなのだと、この街の風景が静かに教えてくれました。

この2日間に「Fix It Circuit」参加店舗を1店舗でも巡った人は、リペアした衣類を見せるか、イベントのInstagramをフォローしている画面を提示するだけで近隣の飲食店で特典を受け取ることができました。修理を終えた人々が、お気に入りのものを手に、街のカフェやバーで語り合う。その光景もまた、人とモノ、人と街がつながる循環の一部でした。
もし、この街にもっと「リペア」と「モノへの愛着」が溢れたら
イベント終了後の振り返り会議で、参加店舗の代表者たちが集まりました。
「通常のリペアでは『できない』と断らなければならないケースでも、今回は店舗同士のつながりによって別の店舗を紹介できた。イベントをきっかけに街の中でモノと人とを循環させる仕組みが生まれた」──その言葉に、全員が深く頷きました。
もし、今よりも街中で思い入れのあるモノを大事に使い続け、修理しながら愛でる行為が日常になったら。
もし、今よりもっと「リペア」「ケア」「メンテナンス」という行為が街中に溢れ出したら。
その街は、ピカピカの新品がショーウィンドウに並ぶ街よりも、ある意味ずっと豊かなのではないだろうか?
そしてその街で育った子ども達は、身の回りのモノをどのように扱うのだろう?
「Fix It Circuit」が示したのは、そんな未来の可能性でした。次回は春夏と秋冬の衣替えの時期に合わせて、年2回の開催を検討しているといいます。このイベントが、一過性のものではなく、この街に根づく文化になっていく──そんな予感があります。
“Use it up, wear it out, use it over, or FIX it.” ストーリーを身に纏おう。

いつの間にか辺りは暗くなり、大桟橋通りの銀杏並木がライトアップされ輝きはじめました。家に帰ったら、クローゼットの奥にしまい込んでいたあの服に、もう一度袖を通してみようか。大桟橋通りを後にしながら、そんなことを考えている自分がいました。

壊れたら捨てる、古くなったら買い替える──そんなこれまでの当たり前を、少しだけ疑ってみる。そして「直すこと」は「好きであり続けること」なのだと、このイベントが教えてくれた2日間でした。
次回の「Fix It Circuit」開催時には、あなたもぜひ、自宅で眠っている愛用品を連れて、大桟橋通りを目指してみてほしい。その日、大桟橋通りの銀杏並木の下で、あなたとその愛用品の新たなストーリーが始まるかもしれません。
▼「Fix It Circuit」開催概要(イベントは終了しました)
・日程:2025年11月29日(土)〜30日(日)
・時間:各ブランド営業時間
・会場:大桟橋通り周辺の参加店舗
・入場料:無料(※体験料は各ブランドにより異なります)
▼参加ブランド&リペアコンテンツ
① 鎌倉隙間版業
・コンテンツ:シルクスクリーン
・場所:素敵眼鏡MICHIO
・Instagram:@diawill_works
② 素敵眼鏡MICHIO
・コンテンツ:眼鏡のリペア・調整、レンズ交換
(ブランド問わず)
・場所:素敵眼鏡MICHIO
・Instagram:@sutekimeganemichio
③ 土屋鞄製造所 横浜店
・コンテンツ:レザー製品のメンテナンス/バッグのリペア
(ブランド問わず)
・場所:土屋鞄製造所 横浜店
・Instagram:@tsuchiya_kaban
④ te te
・コンテンツ:アップサイクルワークショップ
・場所:mass×mass 関内フューチャーセンター
・Instagram:@sawako_furuta / @tete.leather / @mass.x.mass
⑤ BLUE BLUE YOKOHAMA
・コンテンツ:アパレル全般のカスタムリペア
(ブランド問わず)
・場所:BLUE BLUE YOKOHAMA
・Instagram:@blueblue_yokohama
⑥ Patagonia 横浜・関内
・コンテンツ:アパレル全般のリペア
(ブランド問わず)
・場所:Patagonia 横浜・関内
・Instagram:@patagonia_yokohama
⑦ LIVRER YOKOHAMA
・コンテンツ:洗濯ワークショップ/洗剤量り売り/洗濯グッズ販売
・場所:mass×mass 関内フューチャーセンター
・Instagram:@livrer_japan / @sentaku_brothers / @mass.x.mass
⑧ 横濱帆布鞄
・コンテンツ:バッグ全般のリペア/リペア相談
(ブランド問わず)
・場所:横濱帆布鞄 英一番街本店
・Instagram:@045yokohama_canvas_bag
▼「Fix It Circuit」リール(開催当日の動画)
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photo by Kazuto Ishizuka

