ガラスの可能性を”デザイン”と”対話”でひらく。AGC「UNOU JUKU」が生み出す、新たな価値の循環
- On 2026年7月6日
建物の解体現場から出る大量の「窓ガラス」。これまでその多くは、建材として再利用されることなく、埋立処理へと回されてきました。しかし今、資源を使って捨てるリニア型経済から、素材を循環させ続けるサーキュラーエコノミーへの転換が求められるなか、ガラスにも水平リサイクルという新たな可能性が広がっています。
横浜市では2025年11月から2026年1月にかけて、市立二俣川小学校(横浜市旭区)の旧校舎解体工事に伴い発生する廃棄窓ガラスを対象に、「窓ガラスから窓ガラスへ」再生する水平リサイクルの実証実験を実施しました。この実験に共同で取り組んだのは、1907年創業の世界有数の素材メーカー・AGC株式会社(以下、AGC)です。

横浜では1916年、同社の鶴見工場が京浜臨海工業地帯の中核地・鶴見区で操業を開始。1969年に「京浜工場」となり、ガラスの先端製造拠点として発展を続けてきました。そして2020年、新研究棟を新設し、「AGC横浜テクニカルセンター」として生まれ変わりました。
今回取材したのは、同施設で展開されている学びと実践のプログラム「UNOU JUKU(右脳塾)」です。素材の可能性を起点に対話を重ね、新たな価値をプロトタイプとして具現化するこの取り組みでは、素材の機能性だけでなく、情緒的な価値も追求しています。ガラスという素材が持つ可能性とその先にある循環のあり方について、UNOU JUKUを主催するAGC 技術本部企画部 戦略企画グループ 協創推進担当 シニアマネージャーの河合洋平さんにお話を伺いました。

AGC 技術本部企画部 戦略企画グループ 協創推進担当 シニアマネージャーの河合洋平さん
デザインの力で生まれる「ガラスの情緒的価値」を求めて
AGCに入社して十年以上、ガラスの研究開発に携わってきた河合さん。転機となったのは、長年にわたり基礎・研究開発を担ってきたAGCの中央研究所と旧・京浜工場が統合され、AGC横浜テクニカルセンターとなったタイミングでした。
一般的に、新しい素材の開発には長い時間がかかるもの。急速に変化する時代に対応するため、基礎研究から量産化までをよりスピーディーにつなぐ必要がある——。そうした背景から、社内ではオープンイノベーションという考え方が強く意識されるようになったといいます。
「機能的な価値だけにフォーカスしていると、見失ってしまう価値があると気づいたんです」
新しい素材の研究を進めるなかで、河合さんが着目したのは素材が持つ情緒的な価値でした。自分ひとりでは実現できない価値をデザイナーやクリエイターとの協創によって生み出そうと、デザイン思考を学ぶため社外のスクールを受講。その学びをもとに河合さんが立ち上げたのが、左脳的アプローチと右脳的アプローチを行き来しながら新たな価値を創造する「UNOU JUKU」のコミュニティでした。
「対話から始まり、ワークショップを行って、プロトタイプを制作するという流れでテーマを生み出していきます。その成果が次の対話を生み、さらなる価値の拡張につながっていくんです」

「ここでは、ガラスや製品のカタログではなくて、クリエイターさんとコラボレーションして作った”生煮えの状態”のような素材が多く置いてあります。まだ製品になっていないものを見ていただくことで、『こういうものに使えるんじゃないか?』という新しい発想につながっていくといいな、と。
私たち技術者だけで考えると、どうしても機能的な価値だけに集約してしまいがちなので。外部のクリエイターや、異なる視点を持った方をお呼びすることで、新しい価値を生み出していこうとしています」
AGC横浜テクニカルセンターには、素材に関する課題解決や協創を目的とする外部の企業や団体が訪れ、AGCの研究者たちと一緒にアイデアを出し合っているといいます。地域におけるガラスの循環やグリーンスローモビリティ(時速20km未満で公道を走る小規模な移動サービス)など、社会実装につながる取り組みも行っているそうです。
ガラスの循環を考える上での「時間のスケール」
ここでガラスについてより深く理解するために、さまざまなガラスを見ながら、その成り立ちと現在の取り組みについて知ることができる展示室へ移動。河合さんは、ガラスは単なる人工素材ではなく、地球や宇宙の歴史とも深く結びついた存在だと語ります。
「今日は3種類のガラスについて話したいと思います。『宇宙のガラス』『地球のガラス』『人工のガラス』です」

最初に紹介してくれたのは、「宇宙のガラス」。約2,600万年前、隕石が地球に衝突した際の熱衝撃によって、地表の砂が瞬間的に溶けて生まれたガラスだといいます。
「透明度の高い、きれいなガラスです。隕石由来の成分も含まれているので、地球上にはあまり存在しない物質も入っています。ツタンカーメンの首飾りにも使われていたと言われていて、古代から特別なものとして扱われてきました」
続いて河合さんが手に取ったのは、「地球のガラス」である黒曜石。
「黒曜石は、マグマが急激に冷えることで生まれた天然ガラスです。地球の成り立ちとともにできたガラスとも言えますね。古代の人たちは石器として使っていたので、人類は数万年前からガラスと密接に関わってきたと言えるでしょう。では、『人工のガラス』は、何年前から作られていると思いますか? 数百年前をイメージされる方が多いんですけど、実は約6,000年前なんです」

人工のガラス(古代ガラス)。ガラスと土が反応し、数千年を経て変化した玉虫色が美しい
ガラスは、人類が生み出した最古の人工素材の一つ。青銅器時代、銅を精錬する過程で偶然生まれた透明な塊を再現しようとしたことが、ガラス製造の始まりではないかと言われているそうです。施設内には、約2,000年前につくられた古代ガラスも展示されています。長い年月を経て土壌と反応し、表面が玉虫色に変化したその姿からは、ガラスという素材が持つ圧倒的な時間のスケールを感じさせます。

「ガラスの原料は“砂”。つまり、地球の地殻の約60パーセントはガラスと同じ成分でできています。ただ、ガラスが再び地球に還っていくまでには、数百万年かかると考えられているんです」
つまり、埋め立てられたガラスは、人間の時間感覚を超えるほど長く地中に残り続けるということ。こうした研究は、一般的な研究開発テーマとは少し異なる位置づけにあるため、個人の興味関心や学びを後押しするコミュニティ活動として行われているそうです。
「最近は、お客様が持つ課題も多様化してきています。だからこそ、サイエンスやエンジニアリングだけではなく、社会をどう捉えるか、どう価値をデザインするかまで考えないといけません。協創を通して、思考自体をアップデートしていこうとしています」
ガラスが持つ「情緒的価値」の可能性
機能面以外でのガラスの価値を探るUNOU JUKUの活動のひとつとして、河合さんが紹介してくれたのが「空を閉じ込めたガラス」です。
「空が青く見えるのは、不思議な現象です。ここにある空気と同じものが大気中に存在しているのに、空は青く見える。その原理と同じ仕組みで、このガラスは色づいています」

その仕組みは、「レイリー散乱」と呼ばれる現象。ガラス内部に光の波長よりも小さいナノ粒子を生成することで、青い光ほど強く散乱され、空のような色彩が現れるそうです。光を当てる方向を変えることで色が変わり、太陽が高い位置にあるときは青空に見え、夕方になると赤く見える自然界の現象を、ガラスの中で再現しています。
「機能的価値だけではなく、情緒的価値をつくろうとしたときに、どうしたら世界中の人に届くんだろう?と考えた答えが、『空』というモチーフでした」
実はこのガラスの原点は、もともと狙って開発されたものではなかったといいます。
「液体を封入して空を表現できないか実験していた時に、ある社員が『いつも捨てているガラスに近い気がします』と持ってきてくれたんです。その人からすると、透明なガラスを作ろうとして失敗したガラスだったんですけど、私には空みたいに見えたんですよね」

さらに印象的だったのは、“均質さ”を求める工業製品としての価値観と、見る人が惹かれる“個性”とのギャップについての話です。
「最初は空と同じように、この中に白い雲が見えていたんです。僕はそれがいいなと思ったんですけど、社内では『毎回違うものができたら商品にならない』と言われて。それで(雲のない)均質になるパターンを作りました。でも、その両方を外部の方に見せると、圧倒的に個性がある方が選ばれるんです」

現在は、クリエイターや企業とのコラボレーションを通じて、このガラスが持つ価値を探求しているという河合さん。光の当て方やガラスの組み合わせによって、見る人それぞれの“空”を作り出すワークショップも実施。「これはいつの空か」「どんな感情を込めた空なのか」を参加者自身が言葉にすることで、多様な物語が生まれていくそうです。長年、均一で高品質なものを大量に作ることを追求してきた工業メーカーだからこそ、生まれにくかった視点。しかし、外部の人々との対話を重ねるなかで、揺らぎや不均一さに人の感情を動かす価値が宿ることを実感していったといいます。
また、情緒的価値を象徴する事例として、もうひとつ紹介してくれたのが「素材のテロワール」プロジェクトです。さまざまな土地の砂を使い、その土地でしか得られない価値あるガラスをつくっています。“テロワール”とは本来、ワインの世界などで使われる言葉で、土壌や気候、風土によって生まれる土地固有の個性を意味します。河合さんたちは、その考え方をガラスにも応用できないかと考えました。

日本地図のように並べられた「素材のテロワールプロジェクト」のガラスたち
「その土地の色を纏ったガラスを制作する、アーティストの村山耕二さんをパートナーに迎えて活動しています。原料となる砂は、土地ごとに含まれる成分が違うので、その土地ならではの色や表情が自然に現れるんです」
AGCでは取り組みのひとつとして、2023年3月から長野県諏訪市の『SUWAガラスの里』と連携し、ガラスの資源循環実現に向けた地域協創プロジェクトを進めています。実際に諏訪湖の砂からつくったガラスは、深い黒色を帯びた色合い。縄文時代から黒曜石の産地として知られる諏訪地域の人々からは、「まるで黒曜石みたい」という喜びの声が寄せられたといいます。

諏訪湖の砂からつくられた、黒曜石のような色合いのガラス
「普段使っているコップも、『この砂の産地ってどこなんだろう』と考えるだけで、見え方が変わるかもしれないですよね。私たち自身も好奇心をそそられますし、自治体の方と話す際にも『リサイクルは大事だからやりましょう』という話をするのではなくて、『これ、諏訪湖の砂から作ったガラスなんです』と見せると、そんなことできるの?と、興味を持ってくださる印象があります」
地域の人や企業と、対話を重ねること。そしてガラスを素材として扱うのではなく、その土地ならではの物語や愛着を持った素材に変えていくこと。それによって、人々の行動も少しずつ変わっていくのではないかと河合さんは話します。
「例えば、これまで使い捨てだった容器を、“諏訪の砂が入ったガラス”に変えていく。そうすると使い方や回収の仕方にも行動変容が起きて、長く使い続けよう、というマインドが生まれていくと思うんです」

展示されているガラスの中には、横浜市鶴見区の砂を使ったガラスもありました。現在は国内の約40箇所に加えて、世界の砂を使ったものが形になっているといいます。
「このプロジェクトを通じてビジネスを超えたつながりができること自体に、一番価値があると感じています。この砂とガラスさえあれば、誰とでもつながっていける。そういうツールになっている感覚がありますね」
ガラスが循環する社会を目指して
地域の砂から、その土地ならではの表情を持つガラスを生み出す。そんな「素材のテロワール」プロジェクトに希望が見える一方で、ガラスの原料となる砂をめぐる状況は決して楽観できるものではありません。透明なガラスづくりに適した砂は、日本国内では2030年頃には枯渇すると言われており、これまで国産中心だった原料の一部は、すでに海外調達へと移行し始めているといいます。
そんな中で改めて浮かび上がるのが、先ほど河合さんが語っていた「ガラスが再び地球に還るには、数百万年かかる」という事実です。それにもかかわらず現在、建築の解体現場で生じた多くの廃ガラスは、再利用されることなく埋め立て処理されています。
しかし実際には、ガラスはリサイクルとの相性が非常に良い素材だと河合さんは話します。
「ガラスは、砂から新しくつくるよりも、回収したガラスを溶かして再利用した方が、CO2排出量も大幅に減りますし、必要な熱エネルギーも半分ほどで済みます。しかも、溶かし直しても品質が劣化しない。何度でも循環できる、非常に珍しい素材なんです」

施設内の展示の様子
本来、循環に向いている素材であるにもかかわらず、なぜ社会の中で循環しきれていないのか。その理由のひとつが、「静脈」の欠如です。たとえば、ガラスと壁材を分離し、回収費用までを見込んだ解体現場であればリサイクルは可能になります。しかし現状では、そうした仕組みが整っていないケースも少なくありません。製品をつくり、届ける「動脈」に対し、使い終えたものを回収し、再び資源として戻していく流れが、まだ十分に整っていないことが課題だといいます。
だからこそ重要になるのが、「どう回収し、どう循環させるか」という仕組みづくりです。AGCでは実際に解体現場へ足を運び、窓ガラスをサッシからどう外すのか、どの程度の工数がかかるのかまで、地道な検証を重ねているといいます。
ただ一方で、製品によっては、技術革新そのものが循環の妨げになっているケースもあります。
「たとえばスマートフォンやディスプレイ用のガラスは、『もっと薄く、軽く、強く』というアップデートを毎年求められます。するとガラスの組成も少しずつ変わっていくので、過去のガラスを混ぜると強度が落ちてしまう。溶かし直して再利用することが難しくなるんです。新製品をつくることで、逆に循環しにくいものを生み出している側面もあるんですよね。だから今は、“何年後にどう循環できるか”まで含めて設計する必要があると思っています」
河合さんたちが目指しているのは、単にガラスのリサイクル率を上げることではありません。ガラスがどこから来て、どこへ戻り、どう使い継がれていくのか。その循環の物語そのもの、そしてビジネスのあり方を、地域や生活者とともにつくり直していくことです。

一つひとつにさまざまな素材と想いが込められた「そざいのおくりもの」というガラス。透明なガラスとはまた異なる美しい表情を見せてくれる
「ガラスのことでお困りの方や、AGCと一緒に何かをしたいと思ってくださる方がいれば、ぜひお声がけいただけたらと思います。『素材のテロワール』プロジェクトのように、最初は好奇心から始まった活動が、結果的にサーキュラーエコノミーに結びついていくこともあると思うので」
均質で透明なガラスを追求してきた企業だからこそ、いま改めて見つめ直している“循環する素材”としての価値。そこには、機能性や効率だけではない、人と地域、時間をつなぐ新しいものづくりの姿がありました。
編集後記
朝起きたときから夜眠るまで、私たちは絶えずガラスに囲まれて暮らしています。それなのに、その透明さが象徴するかのように、普段その存在を意識することはほとんどありません。恥ずかしながら、私自身も今回AGCを訪れるまで、ガラスがどのようにつくられ、どこへ向かう素材なのかに意識を向けたことがほとんどありませんでした。
特に印象的だったのは、展示室の中に書かれていた「工業製品のなかにある『個性』」という言葉です。空を閉じ込めたガラスや、「素材のテロワール」プロジェクトのように、工業的には「失敗」とされる不均一さに情緒的価値を見出していくこと。その視点にはロジックだけではない、人間ならではの想像力や感性が宿っているように感じました。
また、展示で見せていただいたガラスを「これは私物なんです」と河合さんが紹介してくれた場面も強く印象に残っています。一人の人間として、愛着を持ってガラスを扱っていることが伝わってきたからです。
効率化や均質化が進む時代のなかでも、人が「美しい」と感じる気持ちや「もっと知りたい」と思う好奇心は新しい価値を生み、未来を動かしていくのだと思います。世界に誇る技術を持つAGCが描こうとしている、ガラスが循環する未来。その挑戦がこれからどのように社会に広がっていくのか、とても楽しみになりました。
【参照サイト】AGC株式会社
【参照記事】全国初!横浜市とAGC、公共建築物の廃棄窓ガラスの水平リサイクル実証実験を開始
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金田 悠
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