地域の課題が、地域の課題解決拠点に。空き家のDIY体験でつながりを生む「solar crew」
- On 2021年4月7日
少子高齢化が進む日本において深刻化しているのが、「空き家」の問題です。総務省の調査によると、2018年における日本全国の空き家率は13.6%となっており、840万戸以上が空き家となっています。また、野村総合研究所は、2033年には空き家の数は約1990万戸、空き家率は27.3%まで増加すると予測しています。
地域の中に空き家が増えると、地域の活力が失われるだけではなく、水道や道路といったインフラの維持が難しくなる、建物の倒壊など災害時のリスクが高まる、防犯上のリスクが高まるなど様々な課題が生まれます。
もはや日本全国どの地域にとっても他人事とは言えなくなっている空き家問題の解決に向けて、非常にユニークな新規事業をスタートしたのが、神奈川県横浜市に本拠を置く株式会社太陽住建です。
横浜市は全国や東京圏の他地域と比較して空き家率は10.09%と低いものの、空き家の増加率は11.02%(2008年から2013年)と全国的に見ても高い傾向にあり、2019年をピークに総人口が減少しはじめたなか、空き家問題はさらに深刻化することが予想されています。
この問題に取り組むべく太陽住建が新たにスタートしたのが、空き家をDIYするという「体験」をサービスとして会員向けに提供する事業「solar crew」です。
solar crewの会員になると、地域の中にある空き家をDIYでリノベーションする体験に参加できるだけではなく、リノベーション後の空き家をどのように使うかも会員同士で決めて、自由に活用することができます。イベントや会議などを開催するための地域のコミュニティスペースとして活用したり、コワーキングスペースとして活用したりするなど、その可能性は無限大です。また、空き家にはオフグリッドの太陽光発電設備を合わせて設置し、災害時には防災拠点として活用できる機能も整えています。
通常、サービスというとすでに完成された何かを受け取り、対価を払うというのが一般的です。例えば、すでに美しくリノベーションされた古民家などをイベントなどのために借りるというのはよくある話です。一方の solar crewは、自ら空き家をDIYするという「生産体験」そのものをサービスとして提供するという非常にユニークな仕組みとなっています。
この空き家を活用した独自のモデルは環境省からも地域循環共生圏の実現に向けた取り組みとして評価され、第8回環境省グッドライフアワードでも「環境大臣賞地域コミュニティ部門受賞」を企業単体として初めて受賞しています。
家を壊すところから関わりたい
この仕組みを思いついたのは、太陽住建の代表を務める河原勇輝さんの個人的な体験がきっかけでした。もともと太陽住建では横浜市の磯子区にある空き家をリノベーションし、1階は地域のコミュニティスペースとして無料で地域の人々に開放し、2階を企業向けにコワーキングスペースとして貸し出すというユニークなスペース「Yワイひろば」を運営していました。
Yワイひろばにはオフグリッドの太陽光設備と防災シェルターも取り付けられており、災害時に欠かせない非常用電源を確保できる仕組みとなっています。
河原さんは、Yワイひろばを運営するなかで「どうせならリノベーション後の空き家を利用するだけではなく、壁を壊したりDIYで家具を取り付けたりするところから一緒に参加したかった」という声を地域の人々から受け取りました。
それであれば、いっそのこと「空き家をDIYするという体験」そのものをサービスとして提供すればよいと考え、誕生したのがsolar crewの事業でした。
サービスリリース後、横浜市内だけではなく神奈川県やその他の自治体からも問い合わせが相次ぎ、現在は全5件の空き家がsolar crewの拠点として活用されています。
地域に多様な価値をもたらすsolar crew
solar crewの優れた点は、空き家のDIYを通じて地域の課題解決につながる様々な価値を生み出すことができるという点です。
地域全体の視点から見たときにsolar crewが果たす大きな役割の一つが、地域の中に分散型の防災拠点を構築することです。空き家の増加は災害時のリスクや防犯リスクの増加につながりますが、その空き家に停電時でもわずかな太陽光さえあれば稼働できるオフグリッドの発電設備を設置することで、災害に対してよりレジリエントなまちづくりを実現します。また、再生可能エネルギーの地産地消を推進することで、より環境に優しく持続可能なまちづくりにつながるというメリットもあります。
地域に安心をもたらす「つながり」というインフラ
しかし、それ以上にsolar crewが大事にしているのは、地域の中に「つながり」を生み出すという点です。
空き家のDIY体験を通じて同じ地域で暮らす人々や違う地域から来た人々同士がつながり、親交を深めています。こうして生まれた多様な人々のつながりは、地域課題の解決に必要なイノベーションを生み出す源となるだけではなく、災害時にはお互いに助け合える「安心」のインフラとなります。
solar crewは、有事の際に欠かせないハードの防災インフラだけではなく、人と人とのつながりというソフトなインフラも構築しているのです。
「まちづくり」に関わるきっかけに
solar crewの「crew(クルー)」として関わる会員にとっては、空き家のDIY体験が地域やまちづくりに関わるきっかけとなります。クルーとして行う作業は家具のDIYやペンキ塗り、太陽光発電パネルの設置など様々ですが、いずれもリノベーションのプロである太陽住建の社員がサポートするため、DIYが全くの素人でも気軽に参加できます。
これまで消費者としてまちに暮らしてきた人に対して「まちのつくり手」となる最初のきっかけを提供することで、地域の中の生産と消費のバランスを整え、循環型の地域経済への移行を促進させる狙いがあります。
また、実際に、少しでも空き家のDIYに関わることで、参加者はその空き家に愛着を持ち、ジブンゴトとして捉えることができるようになります。それがリノベーション後の積極的な利用や、施設を大事に使おうという気持ちにもつながっています。「つくり手」としての体験は、消費者としての行動をよりサステナブルな方向へと変革させる大きな力を持っているのです。
まちの中に働ける場所を。ポストコロナの新しい生活様式にも対応
クルーになれば、自らDIYでリノベーションした空き家をどのように活用するかを決めることもできます。その活用方法の一つとしてこれからさらにニーズが高まると予想されるのが、地域の中のコワーキングスペースとしての活用です。
コロナ禍によりリモートワークで仕事をする人が増える一方で、もともと「働く」と「住む」を切り分け、「住む」ことを中心にまちづくりが進められてきた住宅街は、消費者として暮らすには快適な一方で、働くのに必要なインフラは全くといってよいほど整っていません。
特に家族や子どもと暮らす人にとっては、自宅で仕事をするのも難しく、だからといって感染リスクを冒しながらオフィスがある都心部まで時間をかけて通勤するのも気が引けるという悩みを抱えている人も少なくないでしょう。そんな住宅街ならではの課題を解決できるのが、solar crewの事業なのです。
住宅街の中にある空き家をリノベーションして地域の中にコワーキングスペースを創り出し、職住近接を実現することで、環境負荷も感染症リスクも低い暮らしを実践しながら、地域の中につながりを増やし、暮らしのウェルビーイングを高めていく。solar crewを活用すれば、ポストコロナにおいて求められる新しい生活様式を自らの手で創り出すことが可能です。
多様な「関わりしろ」が、事業の可能性を広げる
上記で紹介したように、クルーにとってのsolar crewの最大の魅力は、自らその中身を「つくる」ことができる余白にあります。この余白が多様な「関わりしろ」を生み出し、事業としての可能性を広げています。
実際に太陽住建の中でsolar crewの事業開発を担っているのが、代表の河原氏を除きほぼ全員が複業人材であるというところも興味深い点です。それぞれが本業で培った専門性を活かしながら、地域課題の解決につながるsolar crewの事業を手伝うというスタイルをとることで、太陽住建はなかなかアクセスできないスキルやノウハウを持つリソースを活用することができ、複業として携わるメンバーは、自社では得られない貴重な経験とやりがいを得ることができる。ともにwin-winの関係を実現しているのです。
空き家オーナーも地域も幸せに。箱根町での挑戦
2020年末からsolar crewの活動拠点の一つになっているのが、観光地として知られる神奈川県・箱根町にある空き家物件です。
もともとペットも同伴可能なペンションとして運営されていたこの物件は、観光名所として名高い芦ノ湖からも程近く、露天風呂も楽しめる人気の宿泊施設でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により状況は一変しました。
オーナーの鈴木さんは、コロナで営業が難しくなったペンションの有効活用を模索する中で2020年の夏に太陽住建の河原さんに出会い、solar crewのコンセプトと河原さんの人柄に惹かれ、自らの物件をsolar crewの活動拠点として貸し出すことに決めたといいます。
鈴木さん「私は不動産もやっているので物件を売りに出すこともできたのですが、それだと全てを断ち切らなければいけなくなるので辛いなという気持ちがありました。地元の役員もやっていますし、消防団にも入っていますし。私自身も17年前に東京から箱根に移住してきたとき、右も左も分からない中で地元の皆さんに仲間に入れていただき、何とかここまで過ごすことができました。だからこそ、この街に対して何か恩返ししたいなという気持ちがありました。
「solar crewを一緒にやろうと思ったのは、河原社長の人柄に惚れ込んだ部分もありますね。河原さんのすごいところは、この事業を始める前に、ちゃんと地域の人や自治会長に挨拶に行っていたところ。この人とだったら、一緒にやっても面白いものが作れるのではないかという気持ちがありました。」
17年前に箱根に移住して以降、地域の人々に支えられながらペンションを経営してきた鈴木さんにとって、「空き家のDIYを通じて地域につながりを創り出す」solar crewに協力することは、お世話になった箱根の町に恩返しをするための手段でもあるのです。
箱根町役場で空き家対策に取り組んできた杉山さんも、solar crewの今後の展開に期待を寄せています。
「空き家の大家さんの中には、貸すことはよくても、リノベーションなどにはお金をかけられないという方が多いので、DIYで好きに直してよい、リノベーションしてよいというのが広まっていくと、空き家の活用が広がっていく可能性がありますね。」
「また、そのリノベーションで東京から来た人と地元の人とがコミュニケーションをとれるというのは、関係人口という意味でもすごくプラスです。箱根は、観光で来たことがあるという方は多いのですが、ほとんどがそこで終わってしまいます。もう一歩踏み込んで、移住まではいかなくても箱根での新しい遊び方や過ごし方といったものが増えてくるとよいなと思います。」
観光地としては名高く人気もある箱根ですが、「観光する」と「移住する」の間には大きな溝があります。solar crewはそのあいだに新たな箱根との関わり方を創り出していきます。最終的にはまちの魅力に惹かれて移住にいたる人もいるかもしれませんが、かりに移住までしないとしても、地域の外の人が関係人口としてまちに関わり、観光客としてでは見えてこなかったまちの魅力や課題に気づき、発信や行動を起こしていくことは、地域にとって大きな財産となります。solar crewのプロジェクトはまだ始まったばかりですが、大きな可能性を秘めていることは間違いありません。
環境もコミュニティも再生するリジェネラティブなモデル
いま、世界では経済活動を通じて環境を破壊し、コミュニティを分断するのではなく、経済活動を通じて環境を再生し、コミュニティを再生していくような「リジェネラティブ(再生的な)」なモデルへの移行が求められています。
その意味で、solar crewはまさにその典型ともいえる事業モデルです。空き家にオフグリッドの太陽光パネルを設置していくことで、再生可能エネルギーの地産地消を進めつつ、地域の中に分散型の防災拠点をつくり出していく。また、そのプロセスを通じて地域の中に新たな人と人とのつながりをもたらし、いつの間にか失われてしまったコミュニティの力を取り戻していきます。
事業の経済的なサステナビリティをどこまで高められるかは今後の課題でもありますが、その解決策を作れるかどうかも、クルー一人一人のクリエイティブなアイデアにかかっています。solar crewのサービスは「地域課題を解決する」という体験であり、現場の手触り感のある環境で社会の課題と向き合ってみたいという方にはうってつけの機会になるはずです。
地域の「課題」だった空き家を、地域の「課題解決拠点」に変えていくsolar crew。自らも解決策の一部となって活動してみたという方は、ぜひクルーの扉を叩いてみてはいかがでしょうか。
【参照サイト】solar crew
【参照サイト】総務省「平成30年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計」
【参照サイト】野村総合研究所「2030年の住宅市場と課題 ~空き家の短期的急増は回避できたものの、長期的な増加リスクは残る~」
【参照サイト】横浜市における 空家対策の取組状況について
この記事は、社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
Yu Kato
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