【大川印刷 CSR報告会レポート】「やり方」よりも「在り方」を磨く企業経営
- On 2026年3月23日
2026年に創業145年を迎える横浜の印刷会社、株式会社大川印刷(以下、大川印刷)。2026年2月26日、横浜・日本大通りのニュースパーク(日本新聞博物館)において、同社のCSR報告会「Do the Right Thing!〜『やり方』よりも『在り方』〜」が開催されました。当日は会場とオンラインのハイブリッド形式で115名の参加者を前に、同社の取り組みが報告されました。本記事では、その様子をレポートします。
経営危機が生み出した「やり方」から「在り方」への転換
報告会の冒頭では、代表取締役社長の大川哲郎(おおかわ・てつお)さんが登壇。すべてを考え直すきっかけとなったという、ある質問を紹介しました。
「あなたの会社が明日なくなったら、お客さんは本当に困りますか?」
あるセミナーで投げかけられたこの問いに、大川さんは強い衝撃を受けたといいます。当時の顧客のうちの一社は、合計17社もの印刷会社が関わる企業。一社なくなっても困るはずがない。そんな中で「あなたの会社が必要だ」と言ってもらうための取り組みをしなければいけないと考えたことが、同社が「やり方」から「在り方」重視の経営にシフトするきっかけとなったといいます。

大川印刷 代表取締役社長の大川哲郎さん(提供:大川印刷)
過去、「やり方」を重視していた時代の大川印刷で行われていたのは、営業ノルマやマニュアルをつくり、取引先に競争させて1円でも安いところに発注する、売上や規模拡大を目的とした経営でした。しかし、当時のやり方では従業員同士の協力が生まれず、突然の離職や不正に悩まされる日々。「正しいはずなのに、人は動かなかった」と、大川さんは振り返ります。
「結局、お金が目的で集まった組織は、お金でしか繋がることができません。お金はもちろん大事ですが、それ以外の幸せを追求するようになると、まず突然の離職が減りました。従業員の結束が強まり、優秀な学生さんが応募してきてくれるようになりました。それから、売上や利益に関心を持つ従業員が増えました。今日発表するのは私が指示したものではなく、従業員のみなさんが考え、結束した1年間の成果です」
正しさは「削るもの」ではなく「磨くもの」
「在り方」を重視するようになった結果は、社内のさまざまなところに現れました。
会社の駐車場で、怪我で飛ぶことができないアオサギを見つけ、保護してもらうために社員が動物園まで連れていったこと。CO2排出量の削減にあたり、一部の従業員がカープール(乗合)通勤を自主的に始めたこと。
「私たちがやってきたのは、”正しさをコストにしない”ということだと思っています。よく、環境配慮はコスト増になると言われますよね。でも、実際にやってみて分かったのは、正しさは削るものではなく、磨くものではないかということです」

会場では、大川印刷が手掛けた防災用品や「環境に正しい」セレクトグッズの展示販売も(提供:大川印刷)
従業員一人ひとりがやさしい気持ちをもち、サステナビリティの取り組みを自分ごと化する。環境への配慮を第一に掲げ、徹底した体制と姿勢で臨んだ結果、2020年から2024年の新規顧客獲得件数は512件。粗利率は、昨年比で6%アップしたといいます。
「大事なのは、お客様の言いなりになることを良しとしないポリシーです。依頼通りにやる正しさではなくて、それは本当に御社のためになりますか?と問いかけられる関係性が必要だなと。目指すべきは、単なる印刷屋ではなくて、社会責任を共有するパートナー。正しさとは迎合ではなく、対話ではないかと思います」
社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」での挑戦
続いて、横浜駅から徒歩3分の社会課題解決型スタジオ「with GREEN PRINTING」について、同社の中橋俊洋さんより紹介が行われました。同スタジオはコロナ禍を機に営業所を転換し、社会課題解決をテーマにした動画収録や配信、イベント開催ができる場所として2022年3月に開設されました。古民家の廃材を活用した壁面や、リユースのカーペットの使用など、空間全体でサーキュラーエコノミーを体現しています。

過去に開催された、with GREEN PRINTINGでのイベントの様子
同スタジオは、再生可能エネルギー100% で運営。毎月第3金曜日に開催されるSDGsに関連した映画上映会「映画でつながる交流会」や、社会課題に取り組む若きリーダーを応援するイベント「FUTURE LEADERS」など、情報発信プラットフォームとネットワーキングの場として機能しています。連続シリーズ以外にも、これまでに「環境に正しい紙」をテーマにしたイベントの配信、横浜大空襲の体験についてのインタビュー動画収録、和菓子のワークショップとその撮影など、さまざまな取り組みが行われてきました。
「最近始めたギャラリースペースは、絵や写真を展示したい人が気軽に発信できる場としてご活用いただけます。『with GREEN PRINTING』は、皆さんが発信したいことを作り出す場所です。『こんなことはできないか』というご希望があれば、実現に向けて協力させていただきたいと思います」

with GREEN PRINTINGの取り組みを紹介する中橋俊洋さん(提供:大川印刷)
従業員発、2024年度に実施された4つのCSRプロジェクト
大川印刷では毎年、従業員全員でワークショップを開催し、単年度制のプロジェクトチームを立ち上げています。報告会では、2024年度に誕生した4つのプロジェクトチームの取り組みとその成果について発表が行われました。
気候正義のミカタプロジェクト
温室効果ガス排出量を減らし、気候変動の影響を小さくすることで安心して暮らせる持続可能な社会をつくることを目的に進められてきた「気候正義のミカタプロジェクト」。大川印刷で脱炭素の取り組みを担当する、佐々木順一さんが活動について報告を行いました。
プロジェクト内で行った具体的な取り組みとして、中小企業版CDP(中小企業が環境情報を開示し、持続可能な経営を進めるための国際的プログラム)に言及。初めて自主回答を行い、気候変動分野でC評価を取得しました。また、その後の取り組みにより、2025年には最高ランクであるB評価を獲得。CDPへの回答を通じてデータの整理が進み、部門横断の連携が強化されるなど、環境経営の精度が上がったといいます。

「気候正義のミカタプロジェクト」について発表する佐々木順一さん(提供:大川印刷)
また、大川印刷では、CO2排出量の可視化にも取り組んでいます。CHESS(チェス)と呼ばれる同社の本社工場は再生可能エネルギー100%で稼働しているため、電力に起因する排出はゼロ。社用車の燃料など避けられない排出については、Jクレジット制度を活用してカーボンオフセットをしています。排出量を把握することで、「日常の業務が排出量にどう影響するかを考える文化が生まれる」と佐々木さんは話します。
環境経営をより深く理解し、社内外への説得力を高めるため、再生可能エネルギーに関する社内勉強会や、パートナー企業に向けた脱炭素経営のセミナーも開催。1年間の活動を振り返り、佐々木さんは「プロジェクトは成果よりも変化を生みます。CO2排出量削減や認証取得だけでなく、社内の意識、情報整理の仕組み、意思決定のスピードなど、組織の変化そのものが成果であることを学びました」と語りました。
オーイエー!プロジェクト 〜環境整備しようぜ〜
続いて同社の根本由香子さんから発表されたのは、「オーイエー!プロジェクト」。「きれいな工場を維持し、みんなが働きやすい職場にしたい」という思いから始まった取り組みです。名称は”Ohkawa Environmental Arrangement(環境整備)”の頭文字を取り、楽しく元気に1年間取り組もうという想いを込めて「オーイエー!」と名付けられました。

「オーイエー!プロジェクト」について発表する根本由香子さん(提供:大川印刷)
活動は、まず従業員の声を集めることからスタート。「台車があちこちにあって探すのが大変」「雨が降ると正門に水たまりができる」「工場の床がはがれて危ない」など、職場環境に関するさまざまな意見が寄せられました。
これらをもとに、仕事の安全性や効率を高めるための優先順位をチームで検討し、1年間の計画を立てて改善に取り組んだといいます。工場の床の補修や製品へのカバー設置、台車の置き場のゾーン化、DIYで正門前の補修などを実施。また、月に約1回の整理整頓活動を行い、工場の環境維持に努めました。
その結果、チームで作業を分担したことで責任感や協力意識が高まり、動線の物品の置き場が確保されたことにより仕事の効率もアップ。外部に頼るだけではなく「自分たちの力で環境を改善できる」という自信にもつながったといいます。根本さんは「オーイエー!の名前の通り、楽しく明るく活動できたことが一番の成果です」と振り返りました。
プロジェクトmetamo!
社内の価値観をアップデートすることを目的に始まった「プロジェクトmetamo!」。プロジェクトリーダーである齋藤龍馬さんは、知識や経験を学ぶインプットと制作などのアウトプットを繰り返しながら、新しい価値観を社内に広げていく取り組みだと説明しました。名称は、変化を意味する「メタモルフォーゼ(ドイツ語: Metamorphose)」に由来しています。

「プロジェクトmetamo」の成果を紹介する齋藤さん(提供:大川印刷)
活動は、メンバーそれぞれが「やってみたいこと」を出し合うところからスタート。AIの学習や循環に関する展示の見学、社会課題の学習などのアイデアに加え、ウェルカムパネルの制作やアップサイクル製品づくり、広報動画の制作など、さまざまな提案が集まりました。
最初の学びの機会として選ばれたのが、東京ミッドタウンにある展示施設・21_21 DESIGN SIGHTで開催された企画展「ゴミうんち展」の見学です。循環をテーマに廃棄物や排泄物をデザインやアートで問い直す展示で、印刷の廃材を培地にしたキノコの栽培など、大川印刷の取り組みにも通じる作品が多く展示されている点が印象に残ったといいます。
この体験から得たインスピレーションをもとに、工場入口のウェルカムパネルを制作。再生素材を使った明るいデザインで、「小学生の見学者などにも好評で、工場のイメージの変化につながっている」といいます。また、印刷の端材を活用したコースターづくりなど、アップサイクルのアイデアも生まれました。

再生素材を活用してつくったウェルカムパネル(提供:大川印刷)

印刷の端材でつくられた「めぐるコースター」使用イメージ(提供:大川印刷)
活動を振り返り、齋藤さんは「意見が否定されず、アイデアを形にできたことが励みになった」「展示を見た後に活発に意見が生まれたことが大きな手応えだった」と語ります。現在は新メンバーを迎え、「プロジェクトmetamo! 2025」として活動を継続。ペット防災イベントの実施や端材グッズの拡充、ショート動画の定期投稿など、取り組みはさらに広がっています。「価値観のアップデートを目指し、今後も活動を続けていきたい」と締めくくりました。
Strive to Scan プロジェクト
最後に、大川印刷のCSR担当をつとめる草間綾さんから紹介されたのが「Strive to Scanプロジェクト」です。同プロジェクトは8名のメンバーにより、スキャニング事業をゼロから立ち上げる形でスタート。メーカーの仕様書の電子化や大量のドッチファイル整理、大判図面や書籍、大正時代の議事録などのスキャニングに取り組み、試行錯誤を重ねながら事業を広げてきました。
一番の成果は、プロジェクトメンバーの成長だといいます。特に、パート社員が主体的に技術を学び、指示待ちではなく自ら考えて動くチームへと変化したことは目覚ましい進展だったそうです。一方で、取り組みを外部に十分発信できていないことは今後の課題だといいます。また、この事業を通じて「スキャニングはゴールではなく、データ活用の入り口にすぎない」という気づきも得られました。「重要なのはモノではなく、人と向き合うこと」だと草間さんは語ります。

「Strive to Scanプロジェクト」について紹介する、同社CSR担当の草間さん(提供:大川印刷)
こうした考え方の基盤となっているのが、2022年から続く社内勉強会「OLP(大川ラーニングプログラム)」です。毎週水曜日の朝に開催され、報告会の時点では過去151回を実施。動画視聴や情報共有、外部講師による講義などを行い、参加者は翌日までに学びを社内チャットにアウトプットする仕組みを設けることで、学びを行動につなげています。
その中で大切にしている価値観として、草間さんは「人間の最大の罪は不機嫌である」というゲーテの言葉を取り上げました。周囲に良い影響を与えるためにも「いつもご機嫌でいること」を心がけ、「ありがとう・ごめんなさい・愛してる(味方だよ)」といった言葉を省略せず伝える気持ちを重視し、2025年5月にはそれぞれの言葉の頭文字をとって名づけた「A.G.A SUN」という活動を新たに立ち上げたといいます。
こうした姿勢のもと、大川印刷では「人をつなぎ、情報を活かすマルチメディアアーカイブカンパニー」として、デジタルアーカイブや地域との協働プロジェクトなど新たな取り組みを進めています。創業145年を迎える同社では、印刷の枠を超えた事業の可能性に挑戦し続けていることが伺えました。

会場には70名を超えるオーディエンスが参加(提供:大川印刷)
編集後記
今回のCSR報告会で感じたのは、いい意味での「手づくり感」でした。サステナビリティやCSRの取り組みについて、役職者が表向きの「いい面」を語るだけではない点が、同社がCSRと本業を分けずに”在り方”を考えている証拠のように思えます。大川印刷らしいユニークなネーミングを含め、プロジェクトに取り組んだ皆さんが自分で考えたことを、それぞれの言葉で発信していたのが印象的でした。
報告会の後、大川さんにこの一年について振り返っていただくと、「改めて”人”を大切にすること、新しい事業への挑戦に取り組んだ一年でした」と話してくださいました。サーキュラーエコノミーについても、関心が高まっていること自体は歓迎しつつ、「やり方だけを真似するのではなく、本質的な意味を考える”在り方”が大事」と指摘します。大川印刷のように、これから”環境に正しい”取り組みをはじめたい企業がまず何をすればよいのかとたずねると、「自分たちの業界なら何ができるのかを、それぞれの企業が考え、行動することが重要」だと語りました。
同社が経営の在り方を考え直すきっかけとなった、「もしあなたの会社がなくなったら、本当にお客さんは困りますか?」という問い。自分の会社は何のために、誰のために存在するのか。その問い直しこそが、CSR、ひいてはサーキュラーエコノミーの出発点になるのかもしれません。
Circular Yokohamaでは今後も、横浜市内におけるサーキュラーエコノミーの取り組みを追ってまいります。
【参照サイト】大川印刷 CSR報告会 〜Do the Right Thing! 「やり方」よりも「在り方」〜
【参照サイト】大川印刷
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