「今日、サスシーにしてみない?」 横浜市立大学が、生協食堂にサステナブルシーフードを導入するまで
- On 2022年9月26日
私たちの日々の食卓に欠かせない、シーフード。しかし、国連食糧農業機関(FAO)によると、現在世界の水産資源の3分の1以上は持続可能なレベルを超えて漁獲されており、地域によっては水産資源の枯渇が問題となっています。また、水産物の需要拡大を補う養殖に関しても、養殖場建設のための環境破壊や不適切な管理による生態系への影響、劣悪な労働条件など、多くの課題を抱えています。
上記のような課題を踏まえ、適切な管理のもとで漁獲、養殖された水産物に関する国際的な認証として知られているのが、MSC認証とASC認証です。近年、欧米を中心にこれらの認証の認知度は少しずつ高まり、消費者が持続可能で透明性の担保されたシーフード(サステナブルシーフード)を選択できるようになりつつあります。
横浜市立大学では、そんなMSC/ASC認証マークのついた「サステナブルシーフード」を使用したメニューを同校の生協食堂「YCUシーガル食堂」(学食)にて毎月第一週目に提供する「サステナブルシーフードプロジェクト(以下、サスシープロジェクト)」を2022年5月から開始しました。このプロジェクトを発案し実行に移したのは、大学内でSDGsの取り組みを広げる学生団体「TEHs(テフズ)」に所属する学生たちで、サステナブルシーフードを生協食堂に導入したのは国内の大学では初となります。
学生たちは、なぜ生協食堂にサステナブルシーフードを導入したいと考え、そこにはどんな意義があるのでしょうか。TEHsに所属しプロジェクトを主導した辻井未玖さん(国際教養学部4年)、宍戸明日香さん(国際教養学部4年)、折田実祐さん(国際教養学部2年)と、生協食堂運営に携わる横浜市立大学生活協同組合専務理事の竹之内浩紀さんに、お話を伺いました。
学生の熱意と行動力で生まれたサスシープロジェクト
TEHsは、横浜市立大学の学生にSDGsを広めることを目標として活動する学生団体です。そんなTEHsでサスシープロジェクトが発足したのは、大学の講義がきっかけだったといいます。
辻井さん「2年ほど前、総合講義(環境論入門)という講義を受けたメンバーのひとりが、団体にサステナブルシーフードの話を共有してくれました。
その講義をしてくださったのは、2018年3月から社員食堂にサステナブルシーフードを導入したパナソニックホールディングス株式会社(以下、パナソニック)のCSR担当の方で、今後は学生にも同じような取り組みをして欲しいと仰っていたそうです。そこで彼女は授業後すぐにその方のところへ行き、『自分たちにもやらせてください』と直談判しに行き、連絡先も交換。他のメンバーもその熱意に押され、それならやってみようか、ということになりました。
加えてその頃は、コロナ禍に入ってしまったことでTEHsの活動もオンラインベースに移行し、活動が制限されていました。そんな中、生協食堂は大学の中でいち早く営業をスタートさせた場所だったこと、また多くの学生が日々利用する生協食堂にアプローチをすることは大きな意義があると考えたことも、行動を起こした理由です」
大学生協も、相談に来たTEHsの学生たちの熱意を受け取り、協力を決めたといいます。
竹之内さん「彼女たちからは、講義で学んだことを食堂で実現し、“食べる”という行為の中で、他の学生さんたちにもSDGsに関心を持ってもらいたいという想いが伝わってきたのです。そこで、この学生たちとなら継続的に活動できると確信し、協力することに決めました」
ゼロから作った、生協食堂への認証水産物導入の流れ
学生の熱意によって立ち上がったサスシープロジェクトでしたが、生協食堂にサステナブル認証のシーフードを導入するのは、前例のない取り組みでした。そこで学生たちは学内外のさまざまな人に話を聞き、進め方を模索しながらサステナブルシーフード導入の流れを作っていきました。
辻井さん「最初は、どんな企画書をどこに持っていって、誰に承認を得れば良いのかが全くわからず、メンバー内でたくさん話し合いをしました。大学の関係者や教授、さまざまな認証会社にも直接話を聞いた結果、パナソニックが自社で行った導入の流れを細かく教えていただき、それを踏襲する形で進めることになりました。本当にたくさんの方々に助けていただきましたね」
学生たちは、大学が国際的な認証水産物を導入することに意義があると考え、パナソニックと同様にMSC/ASC認証水産物の提供を目指すことに決定。そして学生たち自ら大学生協の理事会に参加し、プロジェクトの意義や他の認証との比較などをプレゼンし、見事承認を得ることができました。
宍戸さん「大人と対等に話し合いができる筋道の通ったプレゼン資料を用意するのは大変でしたが、結果的に企画が通った時には達成感がありました。環境問題に取り組む重要性やこのプロジェクトの意義など、私たちの熱意が伝わったのを感じました」
企業の協力を得て実現した認証水産物の提供
今回のサスシープロジェクトで鍵となったのは、MSCとASCのCoC認証です。MSC認証は、水産資源や環境に配慮した持続可能な漁業、ASC認証は環境や社会に配慮した責任ある養殖業に関する認証制度です。また、CoC認証は、これらの認証を取得した漁業で獲られた、あるいは養殖業で育てられた水産物と、非認証水産物が流通・加工する際に混ざらないよう管理するために必要となる認証です。買い手がこれらの認証のシーフードを選ぶことは持続可能な漁業や養殖業を支援することになるため、結果的に世界の水産物のサステナビリティを守ることにつながるのです。
大学での認証水産物の提供は、持続可能な水産物の提供のサポートを行う、株式会社and BLUE(以下、and BLUE)の協力を得て進められました。
and BLUEは、日本でサステナブル・シーフードが食べられる機会を広めることを目的に、MSC/ASC認証水産物の取り扱いへのサポートや、認証ラベルのついた水産物の紹介、ケータリングサービスなどを行っています。竹之内さんは、彼らの協力がなければ認証水産物の提供は難しかっただろうと語ります。
竹之内さん「and BLUEが行っているグループCoC認証の一員に加わる形を取ったことで通常よりも費用を抑えられました。また、他社の取り組みも教えてくださったため参考になりました。実際にメニューを提供する生協食堂の職員たちへの研修もand BLUEの助けを借りて行い、食材の管理方法や調理方法などの理解を深められました」
より多くの学生に食べてもらうための工夫を重ねた試食会
生協食堂で提供するメニューは、まずは学生たちが主体となってレシピを考案。その後、竹之内さんや生協食堂の職員たちと一緒に試食会を行い、味や価格についてブラッシュアップしたそうです。
横浜市立大学は、サスシープロジェクト開始前から、イオン株式会社と包括的連携協定を結んでいたことから、サステナブル・シーフードメニューに使用する認証ラベルのついたシーフードは大学近郊のイオングループから購入しています。現状、イオングループの店舗で売られている認証ラベルのついたシーフードは20種類程度と聞いており、さらにその中からメニュー価格等の条件に合致した5種類の食材をもとに、メニューを考案しているそうです。
折田さん「使える食材が限られているため、学生たちに美味しく飽きずに食べてもらえるように工夫しています。例えば、最初はインパクトのあるフライ丼にし、どのソースが万人受けするのか、全部食べた後に胃もたれしないかどうかなどをみんなで話し合って決めていきました。他にも、生協食堂で人気のカレーのアレンジレシピも提案しました」
一方竹之内さんは価格面について、サスシープロジェクトのメニューも、基本的には食堂の一般的なメニューと同程度の販売価格と原価率を実現することを大事にしていると話してくださいました。
竹之内さん「多くの学生は、あくまでも安くて美味しくてボリュームがあってこそ、『これがサステナブルシーフードなんだ』と価値を感じてくれると思っています。ですから、試食会では学生たちの意見をよく聞きながら、原価を踏まえた販売価格の調整を行っています」
熱意を持って、迷ったらやってみる
大学生協、and BLUE、パナソニック……と、多くの人々の協力を得て実現したサスシープロジェクト。学生たちと一番近い距離で企画に伴走してきた竹之内さんは、プロジェクトを振り返ってこう語ります。
竹之内さん「学生さんがこれだけたくさんの団体や企業と連携して企画を実現したことは、本当に立派なことだと思います。そして、そのチャレンジに生協を活用していただき、我々が協力できたのは率直に嬉しいです。
さらに、先日は北海道大学の方が本プロジェクトについて取材してくださいました。このように、取り組みを全国の大学に広めたいというTEHsの学生たちの想いが学外に届きつつあることも嬉しく思っています
今後プロジェクトを継続していくためには、認証を使用するための費用や、使用できる具材の制限など、課題もあります。学生たちは、それらをひとつひとつ乗り越えていけたら、と語ります。
宍戸さん「プロジェクトを引き継いでいく学生たちにも、サスシープロジェクトで自分たちなりの色を出していってもらいたいですね」
今回取材に応じてくれた3人の学生は、それぞれが興味を持つ分野で将来社会に貢献するため、研鑽を積んでいます。
大学に入ってSDGsに触れる機会が増え、何かアクションを起こしたいと思いTEHsに参加した折田さん。開発途上国支援の道に進むため、勉強を続けている宍戸さん。もともとファッションが好きだったためサステナブルファッションの研究を行い、次年度からはその分野の仕事に携わる予定の辻井さん。
そんな彼女たちから皆さんへ、メッセージをいただきました。
辻井さん「TEHsを立ち上げたときには自信や積極性がなかった私ですが、目標があればしっかり動けるようになり、このような取材の場に出ることもできるようになりました。ですから、自分にはできないと決めつけずに、何にでも手をあげて挑戦して欲しいと思います」
宍戸さん「ゼロからイチを作るのはとても難しいことですが、一人ではなく、仲間と一緒ならできることもあります。何かやりたいと思ったら友達に相談したり、同志をつのってみたりすると良いのではないでしょうか。また、その時に一番大切なのは、熱意だと思っています」
折田さん「大学生は、自由な時間が一番多い時期だと思います。だからこそ、少しでも興味を持ったことならば、『迷ったらまずはやってみる』というスタンスが大事なのではないでしょうか」
編集後記
サスシープロジェクトの良いところは、サステナビリティへの関心が高くない人でも、生協食堂でサスシーメニューを選んで美味しく食べることで、気軽に社会に貢献できる点です。生協食堂を利用する人たちが自然な形でSDGsや認証について知る機会を提供できている部分も、このプロジェクトの優れた部分だと感じました。
また、横浜市立大学は、先生や職員と学生の距離が近く、学生のチャレンジを大学全体で積極的に応援する風土があるといいます。今回取材したサスシープロジェクトも、中心となった学生の熱意や行動力はもちろん、それを周りの大人が丁寧にサポートし、ひとつの大きな取り組みを実現していったことが伝わってきました。
循環型社会の実現も、誰かひとりが頑張るのではなく、多様な人たちが協力し合うことが欠かせません。
学生たちからのメッセージにもあるように、自らが何かに挑戦することはもちろん、時として挑戦する誰かを助けたり、応援したりできる仲間になること。横浜がそんな人で溢れる街になることで、少しずつ地域や社会が変わっていくのではないかと感じました。
【参照サイト】学生団体TEHs
【参照サイト】andBLUE
【参照サイト】UNIV.co-op(大学生協)
【参照サイト】国内大学初!食堂でMSC/ASC CoC認証メニュー「サステナブル・シーフード」の提供を開始します
【参照サイト】サステナブル・シーフードを社員食堂に日本で初めて継続的に導入
【参照サイト】水産養殖管理協議会(Aquaculture Stewardship Council)
【参照サイト】海洋管理協議会(Marine Stewardship Council)