ここは地域の“台所”。地域課題解決型マルシェがいずみ野にレストランをオープンした理由
- On 2023年4月20日
2023年2月23日、相鉄線 いずみ野駅前にオープンした「夕方マルシェキッチン」。横浜市内の地域課題解決型マルシェ「夕方マルシェ」のプロジェクトから誕生した、イートインスペース併設の常設店舗です。
同店舗では、一般市場に流通しない規格外の青果を含む横浜産野菜を100%使用しているほか、地域の作業所や特例子会社とも連携して「地産地消・フードロス(食品ロス)・共生社会」の3つの課題解決を目指しています。
今回Circular Yokohamaでは、夕方マルシェキッチンを運営する株式会社 Woo-By.Style(以下、ウッビースタイル)の代表取締役・野村美由紀さんにお話を伺いました。
ひとつのローカルな飲食店を通じて、どのように地域課題が可視化され、そして解決へ動き出していくのでしょうか。本記事では「夕方マルシェキッチン」の目指す姿から、地域における食文化の在り方や可能性を学びます。
「夕方マルシェ」とは
夕方マルシェキッチンについて深掘りする前に、まずは「夕方マルシェ」のプロジェクトについてご紹介します。
「夕方マルシェ」は、2022年7月に立ち上がったプロジェクト。地域の農家から直接仕入れた規格外の農産物や、横浜産食材で作る出来立てのお惣菜、多様な働き方を支援するハンドメイド雑貨など、様々な製品の取り扱いを通じて地域社会をより良くすることを目的としたマルシェです。
夕方を開催時刻とすることで、日中に利用されなかった食品を市民に届ける窓口になったり、働く人々に平日夜の楽しみを届けたり、生産者にとっても消費者にとっても前向きな効果を生み出しています。
同企画立ち上げ当初は、横浜市役所を拠点に毎週1回の開催でしたが、少しずつ市内各所から引き合いが生まれ、2023年4月現在では全3か所での定期開催のほか、イベントでのPOP-UP開催等、勢力的な横展開を進めています。
なぜ美味しくて新鮮な農産物が売れ残ってしまうのか
野村さんは、2022年下半期にマルシェ形式の販売を促進するなかで、横浜の食品ロスの要因となりうる課題とその解決策を発見したといます。
野村さん「規格外の青果を扱うなかで、売れ残りやすいものには法則があることがわかりました。それは、馴染みがないがゆえに調理の仕方がわからないということ。せっかく新鮮で栄養価も高いはずなのに、食べ方がわからないという理由で消費者の手に渡らないのは残念なことです」
夕方マルシェが大型スーパーと違うのは、直接お客さまと会話しながら販売できるところ。そこで、野菜や果物を手渡す時には、食べ方や調理のコツまでお話しするようにしているそうです。
野村さん「『食べ方を知らなかっただけで、あのお野菜って実はこんなに美味しかったのね』と言って、次の週にマルシェへ戻ってきてくださるリピーターのお客さまも多くいらっしゃいます。上手な食べ方を一緒に伝えることも、食品ロス削減のコツのひとつだと学びました」
一方、食品ロス対策を講じるマルシェの店頭でもなお売れ残ってしまい、行き場をなくす青果があります。
野村さん「生産者の方々から直接仕入れをしていると、それぞれの作物がどんな思いで作られているのか、作った方の表情や声まで合わせて知ることができます。食品ロスや地産地消について学べば学ぶほど、ひとつたりとも無駄しない、廃棄物を出さない、という意志が強くなり、『なんとかしなければ』と課題感が強まりました」
マルシェで売れ残ってしまう作物をどうしようかと考えるなかで、カット野菜にしたり乾燥粉砕したり、別製品へ転換するアイデアがあがったといいます。しかし野村さんが選んだのは、飲食店を運営し、そこで自ら調理をして消費者に届けるという方法。
野村さん「馴染みのない野菜でも、直接コミュニケーションをして食べ方を伝えることができれば、その美味しさに気づいて皆さんが手にとりやすくなるということはわかっていました。それならば、食べ方を伝えるどころか、実際に食べてもらいたい!と考えたのです」
夕方マルシェキッチンは、人々の健康維持に欠かせない「台所」
こうしてはじまった、夕方マルシェキッチン。なんと構想から開業まで、準備期間はたったの1ヶ月間だったそう。
野村さん「自分の地元でもあるこの泉区で、飲食店の運営を通してローカルコミュニティを持つことができる。それは喜びでもあり同時にプレッシャーでもあります。地域の皆さんと親しい関係であるという理由はもちろんのこと、自分の暮らしが根付いている場所でもありますので、失敗は許されません。それでも、自分の取り組みによって愛する泉区をより良くできるチャンスがあるのならば、挑戦しないという選択肢はありませんでした」
並々ならぬ決意を固めることができた理由が、もうひとつあると言います。
野村さん「いずみ野駅の目の前にあるこの飲食店が、文字通り『地域住民の健康を支えている』とわかったからです」
夕方マルシェキッチンには、学食や社食のようにそこでご飯を食べることがルーティーンとなっていて、毎日のように利用する地域住民の方がいるそう。なかには、店内で夕食を食べた後に翌日の朝食をテイクアウトしていく人も。
野村さん「そのような方々にとって夕方マルシェキッチンは『台所』です。1日のうち2食を私たちの飲食店で食べている人がいる。それは、その方々の身体作りを私たちが担っているということですし、ひいては地域の健康管理そのものを任されていると言えるかもしれません。ですから、我々の都合と関係なく毎日この場所を開けて待っていることに大きな意味があると自負しています」
地域内コミュニケーションの活性化が食の貧困を未然に防ぐ
都市部の食料自給率の低下が問題視されるようになって久しい今日ですが、泉区という地域をズームアップしてみると、そこには秘めた可能性があると野村さんは語ります。
野村さん「横浜市には、臨海部のように農業生産がゼロに近い地域もあります。しかし泉区は市内18区の中で最も広い耕作面積を持っており、生産能力が高い地域です。都市農業が盛んなまちの代表例になるようその魅力を発信することができれば、地域の持続可能性に繋がっていくのではないでしょうか」
さらに、生産能力とコミュニティの維持に関して次のように続けます。
野村さん「地域の豊かな食文化を維持していくためには、高い生産能力があれば良いというわけではありません。生産するだけならば、農地を耕して作物を育てれば済むかもしれません。しかし栄養に満ちた健康的な食事をするためには、できた作物を他人と売り買いする必要があります。そのためには、日頃から住民同士の信頼を築いておく必要がありますし、互いに必要としあう存在でなければ物流は生まれません」
究極的な飢え死には、生産能力の低下ではなく地域におけるコミュニケーションの不足によって引き起こされるのではないか。地域の生産者と消費者の間に立つ野村さんだからこその気づきなのかもしれません。
野村さん「夕方マルシェキッチンが、地域の皆さんが交流し、信頼を築き維持するための場所になれば良いなと思っています。コミュニティを育み続け、維持し、さらに流動性を確保することは決して簡単ではありませんが、これこそが今夕方マルシェキッチンをオープンする目的であり、私たちに課せられた使命だと感じています」
街の魅力を顕在化し、「いま」向き合いたい食の課題
今後の焦点について伺うと、それは地産地消や食品ロスといった夕方マルシェキッチンが掲げるコンセプトと、いずみ野の地域におけるこれまでの歴史や利用者の期待とをどのように混ぜ合わせていくか、だと教えてくださいました。
野村さん「課題解決のためだからと言って、その日に残った規格外野菜と地産地消食材だけを集めて調理しても、人が必要とする栄養素の全てが揃うわけではありません。夕方マルシェキッチンを利用するお客さまが健康で豊かな日々を送るために必要なことと、地域全体の課題解決のために必要なこと、その両方を検討しながらレシピやメニューの開発を進めています」
さらに、泉区の未来についても考え始めているそうです。
野村さん「その街に住むことと訪れることの魅力は異なると思います。泉区の場合、大型商業施設や特別な観光地があるわけではありませんが人口密度が低く、都心臨海部へのアクセスが良いという点で、ホームタウンとしての魅力が詰まっていると思います」
他都市からの流入や若者人口を増やすことで街を活性化するために「その街の何が魅力なのか」を可視化することは重要な要素となるはずです。
野村さん「とは言うものの、長年この街に住んでいるがゆえにその良さや特徴に気づきづらくなっているのも事実だと感じています。近隣の皆さんに愛される場所を目指しながらも、俯瞰的かつ客観的な意見やアイデアも取り入れるよう努めていきたいです」
終わりに、改めて夕方マルシェキッチンの運営にかける想いと決意を伺いました。
野村さん「地産地消や食品ロスをコンセプトとしているからこそ、季節性も大切にしたいです。まずは2023年の1年間をかけて四季を体感しながら試行錯誤する。その先でやっと見えてくる本質的な課題や需要があると考えています。
他方、この街は少子高齢化も深刻ですから、子どもや高齢者にとって『1年』という時間がどれだけの違いを生むかということも自覚しています。掲げた目標を1年で達成するのか、それとも2年かかるのか。それによって一人ひとりの人生の質までも変化するかもしれません。この責任と正面から向き合いながら、夕方マルシェキッチンを運営する私たちの人生も豊かになるよう、ここから歩み始めたいと思います」
取材後記
Circular Yokohamaでは2022年の夕方マルシェ発足時より、同マルシェの取り組みを追っています。ある時にはその活動に参加したり、ある時には見守ったり。新しいコンセプトを掲げ、ゼロから事業を運営していくことの難しさや楽しさを間近に見てきました。
ひとつの課題にアプローチしようとその本質を深掘りすると、そこには無数の小さな課題が紐づいていたり、別の課題と結びついていたり、と課題の全容を把握するだけでも一筋縄ではいかないのだということがよくわかります。
しかしこの複雑性は、決して後向きな意味だけを持つわけではないはずです。地域内で人々が関わり合い、さまざまな人間関係が交錯し、無数のコミュニティが生まれ、それによって街が活性化されてきたこともまた事実だと考えるからです。
これらの両側面を明らかにし検討を続ける野村さんの活動からは、地域コミュニティのあり方について多くを学ぶことができます。今後も持続可能で循環する横浜の暮らしの実現に向けて、夕方マルシェとCircular Yokohamaは連携を続けて参ります。
【関連記事】“人”を大切にすると地域に何が生まれるのか。「夕方マルシェ」が解決を目指す3つの課題とは
【関連記事】サーキュラーエコノミーをより身近に。地域循環型マルシェ「横浜 夕方マルシェ」へ参画します
【関連記事】夕方マルシェの活動が、WE21ジャパン広報紙「めぐりめぐる」に掲載されました
【参照記事】夕方マルシェ公式ホームページ